月刊 未詳24

2008年6月第15号

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ひとつ はなれる
 木立 悟






雨と曇と雪のたましい
晴れ 無 晴れを生きては死ぬ
この痛みに痛み降れ
この痛みに痛み降れ


何も言わずに銀の語る朝
謂われなき火が窓に点る
誰も去ることを知らぬ朝
空ひとつ分だけ奥まる空


確かに聴いた無音と無言を
未だ受けとめることができずにいる
語らずにゆくひとつの清さが
ひとつの結びめをほどいてしまった


径でも川でもある径を
つぶやき流れ つぶやき流れる
ふりむくことなく発つ人の背が
銀と灰にかがやいてゆく


消えるものは消え
追うものは追う
ただやわらかく悲しいもの
残されるものへと残される


霧に生まれる光を聴き
霧をすぎる霧を聴く
鳥も 鳥ではないものも
月に到く片羽を聴く


雑踏が雑踏に手わたされ
見えないものが冷えてゆくとき
聴こえない音 垂直の音
右胸にだけ降りそそぐ


訪れては発ち 訪れては発つ
伝わり伝わらぬはざま震わせ
この痛みにこそ痛み降れ
この痛みにこそ痛み降れ



















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ひとなつの羽
 丘 光平


 地中ふかく
身をひそませて
風の合図をまちこがれ

うまれるまえから
終わりをきざむかなしみの
抑えきれない高まりは

うたかたの黎明に
さきにおう蜜の傷みをひらき

 炎上の
炎上の空なき空を
ひとなつの羽




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ノート(ひとつ しずく)
 木立 悟









そこにあなたは
いるいない
いるいない
どちらにもまばゆい

花があり
なぞる
花になれない
指のしずく

そしてあなたは
いないままにいる
いないあなたいるあなた
あおむらさきはいみどり



ひとりで縦に
またたいている
何も言わずに
またたいている

目の前に
うねりがある
いつも咳こみ
羽に満ちる日

あなたは
誰にも望まれず
あなたの跡だけが
あるのだという



足がひとつはばたいて
聴きたいものだけを聴こうとするとき
他は他のあつまりに泣きながら
静けさのなか静けさをむさぼる

めざめないことを謝りながら
まだ夜だと気づかずにめざめ
消したあかりをふたたび灯し
失くした時間の影に脅える



あなたがあなたのままに流れる
ただそのままを聴いている
互いに目をとじ 欠伸をのぞきこむような
その奈落に響いていたはずのもの

羽と羽が燃え上がるなか
羽のない生きものの垣間見る世
風と唱と布と光
鳴り止まぬ鳴り止まぬ鳴り止まぬ鼓動



ない羽には触れるのに
いるあなたには触れ得ない
ないものの静かな唱ばかりがある
ないものの波ばかりが打ち寄せる

ひとりの食卓 ひとりの森
毎日の弔い 火を裏がえし
夢には夢の行方があり
片目の涙にふちどられている

ねむり誤り ふたたびねむり
時間と時間をつなぐしずく
言葉に沈められた言葉ばかりが
器を抱く手によみがえる






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砂に書いた手紙
 丘 光平


ほろびるたびに
風はうまれ
だれに教わるでもなく
病んだゆびさき


人間という
たったひとつの砂浜
波に消された
さようなら


 雪はふる
雪はふる 幾千億の
燃えるねむりに
海が鳴く




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黒揚羽(零の産声のする)
 腰越広茂



黒揚羽 日に咲く羽音 染めてありし世



         零の



( 、血のうずく
私を見つめる
その目は
黒く透けていて底もなく
ゆらぎもせず
胎内で夢を見ていた予感に
青ざめる
すべての呼吸音へ
告げる果てしない不問)の声が
(私の)耳を透過して
その影へと浸透していき
暗黙の繁みから
素足の風落ちて 風音光り



         産声のする



だれもいない
あおぞらのもと
血のうずく
ちいさな裸体
いだかれて風に
声をあげる
原っぱで
零の産声
を数える


※(ふりがな)風(かざ)落ち、風音(かざおと)


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それからの孤島
 石畑由紀子
 
私は独りで自慰をするしかなかった
匂いなら今もそこここに
残っている
けれど
本当はそんなもの
もう
なんの意味もない


忘れない
ぬるい風が頬を撫でていた
あの真昼
二人は
なにもかもから隠れてしまおうと決め
足元の影を折りたたみ
愛しいということだけを食料にして
堕ちてゆこうと
誓った
それ以来
愛しあうたびに
部屋にあったものは
どんどんと絶えていった
植物は枯れ
食物は腐り
ひとつ
またひとつ
命が命を落とすたびに
私は悦びの声をあげ
ますます激しくあなたを求めた


  気づいていたのね
  その先のことを

  惜しくなったのね
  自分のことを


あなたは私の目を盗み
折りたたんであった影を広げて
こっそりと
太陽と時計のある場所へ
帰っていった


そうよ
私のものにしてしまいたかった
私だけでいいあなたであって欲しかった
私の命になってしまいたいあなたを願っていた
阿部定になれなかった私が
独り残された孤島
なのにほら
匂いなら今もそこここに
残っていて
それでまた欲情して
濡れたりもできてるなんて
かなしい



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ひとつ つながり
 木立 悟







糸の光が
階段をのぼりきり
壁にもたれて息をしている
痛まない傷が増えてゆく
気づかないまま
熱が流れ落ちてゆく


水に立つ片足
からだをすぎる火の粉の
ひとつひとつが空になり
近くやわらかく降りつもる


何も持たない青のなか
静けさも叫びも途切れない
土の下で目を見ひらくものが
空と季節の楔を赦さず
見ひらいては見ひらいては燃している


元の名前 別の名前
壁と壁のあいだにひらき
今の名前には戻らない
道の上の蝶
土と炎を見つめる蝶



ただ静かにそこに居るだけで
あなたはずっとあなたでした
誰にでもできることばかりをし
ときおりそのまま眠ってしまい
目ざめてはまたくりかえし
あなたはあなたでいるのでした



炎の音を浴びすぎて
少し痺れた舌先に
夜は夜のまま落ちる
水の音 土の音
痛みなく 熱のある
みずみずしい傷のむらさき


不思議なつながりがひとつ消え
皆それぞれに離れて唱う
たくさんの息つぎが
光の去ったあともかがやき
降る空のなかを昇りつづける


















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街頭へ
 前田ふむふむ

千の書物に埋もれたみずたまりが閃光している。
赤ぶどう酒のかおりが溢れるほど、注がれている、
豊穣なページの眼差しは、街路樹の空虚な、
灰色の輪郭を、気泡の空に浮き上がらせてゆく。
その空の内壁を沿って、暗闇の底に広がる階段を、
登りつめる外界に導く切り口には、液状の安らぎが、
音をたてて回転している。

パタパタ、パタパタ、
洗濯物がそよぐ窓辺に、
やわらかい女性の白い腕が凭れて、
見え隠れしているスカートの、赤い曲線を、
あたたかく流れる白い朝のためいきが飲み干してゆく。

固く溶けてゆく風景。
瞳孔の乳房に広がる光線の透明な輝き。
ひかりが寡黙な杖を抱いて、ざわめいている。

わたしは、ひかりの瞼の裏から、
ゆっくりと起き上がり、
五月の青い寝台を乾いた胸のなかに畳み込み、
直角に軋んでいる地平線に、
わたしの痙攣している意識の塩みずを、
ゆっくりと溶かし込む。

長い間、暗い地下室の書物に埋もれてきた経験は、
積み重ねられた残り火として、
千の錆びた尖塔の荒野に、晒されていくだろうか。
西の黄昏ゆく時代の夕暮れを見るがいい。
風が吹き込む出口には、
芳醇な金色の旗がたなびいている。

わたしは、街頭の赤い息吹を、
くちびるに押し当てて、ひとり茫漠とした、
肉体から醸し出す、
煌々とした喜悦をすすってみる。

そこには、たくましいいのちが脈々と息づいている。

わたしは、こころに青々と隆起した空を、
囲い込み、初夏の色を帯びる朝の瞬きを、
しっかり掴み取ってみる。
勇み沸騰する街頭へ出よう―― 。
そして、滴り落ちる艶やかな英知の裾野を、
しっかりと抱きしめるのだ。



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目覚め
 吉田群青

隣の家の男の子は
背が低くて
鼻の頭に 種を蒔いたように
ぱらっと散ったそばかすがある
水をやったら芽が出てきそうな
完璧なそばかすである

彼は
ローレル指数 という美しい名前の指数が
標準を越えているので
太っている じゃなくて 肥満 というそうだ
可哀想に
だから彼は牛乳もお菓子も
一切禁止されている
それなのにぜんぜん痩せる気配がないのは
一体どうしたことだろう

晴れた日曜日に
窓際にべたっと座って
玄米茶かなんか飲んでいる彼は
とてもつまらなそうで
ぺらぺら捲っているのは 
決まって読む気もないアメコミだ
ヒーローなんかいないって
彼自身がいちばん知っているのに

飲んでも飲んでも癒えない渇きや
どんどん淀んでいく瞳
日に日に重くなっていく体は
海の底にいるようだ

あんまり可哀想だから
日暮れに裏山へ連れて行き
牛乳とお菓子と炭酸飲料を
買えるだけ買って食べさせた
カナカナが鳴いてて 薄暗くて
木々は緑の影を落として
足元にうずくまって夢中で口に
頬張っている男の子を見たら
殺したいような抱きしめたいような
なんだか変な気分になった



※ローレル指数
学童の肥満をあらわす指数。
10×体重[kg]÷(身長[m])の3乗という式で計算され、160以上で肥満とされる。



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羽むしの夜
 丘 光平


六月の食卓を
まどかにみつめる灯りの岸で
まだ
帰れないでいる

ひびきやまない雨の庭
手をのばしたとたん
こわれてしまう夜

 あちらこちら ぶつかりながら
どこかしら
懐かしいものたちの手に
羽をのこして―




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pic/北城椿貴


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