月刊 未詳24

2007年4月創刊号

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のろみちゃんの戦争
 中村かほり

/18月39日、あたしは南西町で暮らすことになった。2年前から戦争はつづいているけれど、そこは比較的安全と言われていた。
/この町では、生産性のある者は白い服を、そうでない者は黒い服を着なければならなかった。町役場にあたしの生産性が認められたとき、だからあたしはお気に入りのピンクのスカートや鮮やかな虹色をしたマフラー、喪服を捨てなければならなかった。
/あたらしい家の前の通りには、花がたくさん咲いている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。あたしの部屋の窓からは、のろみちゃんのうしろすがたが見える。のろみちゃんは南西町で、ゆいいつ黒い服を着た女の子だった。
/のろみちゃんは毎日、毎日このお花畑にある花を摘みつづけている。のろみちゃんの足下には、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花がいつも散乱していた。どうして咲いている花を摘んでしまうの。一度だけ、聞いたことがある。「わたしには生産性がないから。」のろみちゃんはこちらを見ずに答えた。あたしはのろみちゃんと友達になりたかった。だから、のろみちゃんのうしろすがたを見つけるたび、外へ出た。
/21月4日、あたしがこの町に来てから、はじめて空襲警報が鳴った。子どもたちは母親に手をひかれ、家の中へと急ぐ。あたしはその日も、いつものようにのろみちゃんが花を摘む様子を見ていた。簡単な音楽が鳴り終わるころには、あたしたちのまわりには誰もいなくなってしまった。
/のろみちゃん、空襲だよ、はやく帰ろう、誰もいないよ。あたしが叫んでも、のろみちゃんは花を摘みつづけている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。人さし指、中指、茎をはさんでひきぬく。場合によっては花びらをちぎる。のろみちゃんの小さい爪。こちらを決して見ない。
/どんなときでものろみちゃんが花を摘みつづけられるのは、ポケットのなかに爆弾をしのばせているからだと、あたしはとっくの昔に知っていた。黒い服を着た者に南西町から爆弾が支給されること、あたしたちには知らされないけれど、路地裏ではあたしの生産性を妬んだ男たちがいつも爆弾をちらつかせていたから、つまりそういうことなのだと思う。
/これからものろみちゃんは毎日、毎日花を摘みつづけるだろう。爆弾の重み冷たさを感じるたび、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花、花を摘みつづけるだろう。それが爆発の可能性を十分にはらんでいても、花を摘みつづけるために、のろみちゃんはからだで爆弾を隠す、守る。
/あしたもあたしは、のろみちゃんの様子を見る。このお花畑の花をすべて摘み終えるときが、のろみちゃんの爆弾を爆発させるときなのだと思う。たとえ誰も爆発に巻き込めなくても、それがのろみちゃんにとっての正しい戦い方だった。
/いつかのろみちゃんが死んだとしても、あたしはお葬式には行けない。生産性のあるあたしは、南西町に住むかぎり、喪服を着てはいけないのだから。


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ノート(腹話耳)
 木立 悟



星の雲と砂
夜の水かさ
わたしが生まれた理由より
さらに遠くへ
離れゆくもの


サーカス 移動動物園
肉から物から聞こえはじめる
わたしではないわたしのかたち
ぬかるみのなか
つづく足跡


はたかれるように記憶は覚める
現われてはすぐ消えてゆく
地平を染めるとどろきから
どこにも人のいないほうから
打ち寄せつづける羽のたより


ふたつはふたつ
受け取りつづけ
やがてまちがいに気が付くと
雨上がりを待ちテントをたたみ
ある日どこかへ去ってしまう


人工の風が空に重なり
はざまとはざまのつらなりに
異なるはざまを浮かべはじめる
わたしに見えるいちばん小さな
わたしの音を映しながら







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指、記憶、形
 たもつ
 
 
頁をめくる指に
降る水がある
温度とそうでないものとが混在し
それは仄かな懐かしさで
やがて積もっていく
一月の末日
漢方の匂いが漂う診療所の待合室
あなたはまだ誰にも知られていない
かのようにたたずんでいた
窓の外、コンクリートの建物の側で
旗が風にはためいている
どこかの国旗だったはずだ
という記憶だけで
あなたがあなたの形をしている
 
 

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まぶた
 たもつ
 
 
母が縄跳びをしている
僕はしゃがんで回数を数えている
あんなに腰が痛い
と言っていたのに
背筋をピンと伸ばして
交差跳び、綾跳び、二重跳び
次々ときれいに跳んでみせる
既に数は100回を超えて
500回目あたりからやっと
これは夢なのだと気づき始める
でもその様子が見事なので
まだ数えながら眺めてる
やがて日が暮れたけれど
星が見えないあの暗闇のあたりは
僕のまぶたなのだろう
母の縄跳びは続く
謝ることがあったはずなのに
おそらく
一生謝ることはないと思う


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妻の話(過去作)
 吉田群青


最近
妻が出来た
嫁を娶ったのではない
わたしは女であるから

正確にいえば
嫁の方から勝手に来たんである

或る夜のことだった
四百円を手にちゃらちゃらさせながら
煙草を買いに行った帰り道
ついてくる女があるな
と思った
女は角を曲がっても曲がってもついてきて
とうとう家にまで上がり込んで来た
それが妻であった

妻は玄関口で礼儀正しく腰を曲げ

わたくしはあなたの妻です
何なりとお申し付け下さい

と言った

正直
白痴かと思った

一応
言葉を尽くして
わたしは女だし
とか
恋人があるから
とか
法律的には
とか
色々言ったのだが

いいえ
わたくしはあなたの妻です

の一点張りで
埒があかぬので諦めた

好きにしろ

と言い捨てたら
妻は嬉しそうな顔をして

はい

と靴を脱いだ

ぴかぴかとよく光る
きれいな靴だった



妻とわたしは毎晩おなじ布団で眠る
望んでそうしているわけでは無い
布団が一組しかないからだ
毎晩
妻は洗いものを済ませてから
するりと横にすべりこんでくる
黙っていると変なことになりそうだから
妻が眠るまでは
お話をしてやる
わらしべ長者とか
ジャックとまめのきとか

一度
宮沢賢治の『猫の事務所』を読み聞かせたら
涙をこぼして

かまねこがかわいそう

と言ったので
なるべく愉快な話をするようにしている

妻がわたしに
性欲を感じているかどうかは知らない

妻の体からは何か甘い匂いがする

ときどき
意味もなく胸が騒いだりもする



恋人が遊びに来た
妻を見て呆然としていた

三人で仲良くやっていこうよ

と言ってみたら
腑に落ちないような顔をしながらも

うん

と頷いた

妻は鼻歌をうたいながら
シュークリームを焼いていた

らら
とららら

恋人は黙りがちで
妻がわたしを

あなた

と呼ぶたびにびくっとしていた

妻は朗らかに恋人に話しかけ
珈琲をすすめた
変な光景だった

恋人が帰ったあと
二人で洗いものをしていたら

楽しい方ね
また来て下さるといいわね

と妻が言った

横顔が一瞬
鬼のように見えたが
見間違いだったろうか

嫉妬をしていたんだろうか



恋人から電話がかかってきた
妻は夕食の買い物に出ていて
わたしは太宰か何かを読んでいるところだった

電話は四十五分に及んだが
恋人が主張したのは一点のみだった
すなわち
妻と別れて欲しい
何故なら俺には君達が理解できないから


『斜陽』では弟が自殺したところで
山場だった
早く読み進めたかったので
折り返し電話することにして切った

枕に顔を埋めると
妻が柔軟剤を変えたようで
ふかふかと花の匂いがした
恋人にはそれきり電話しなかった

夕飯は厚揚げだった



妻がわたしを呼んでいる
行ってやらなければならないので
このお話はここまでにしよう

妻はとても小さいので
棚の上のものを取るのに
いちいちわたしを呼ぶのだ

顔について書くのを忘れたが
特に重要ではないだろう

妻は今日
花柄の浴衣を着ている
一緒に花火大会に行くのだ

あなたは脊が高いから
男ものを着てください

等と言っていたが

そうだ
りんご飴を買ってやろうかな

呼び声が一段と高くなる

わかったよ

今行くから



2006.8.27




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静かなとき
 今田 コボ

雨は夜更け前に
一段と激しくなるだろう
永遠を探していた
一人、何もない道を歩いて
世界の事なんて考えながら
夢と現実の狭間を
さまよっている


母が死にました
川はいつの間にか逆流になっていて
わたしの心もまた
逆流していました
永遠なんてどこにもない
ただの偶像なんだと
何度も自分に言い聞かせては
雨が、泣いた


暗闇の時
降りしきる雨はあがらずに
夢と思わせるかのような霧
全てが幻想であればいい

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羽根の錯覚
 黒田みぎ

青い鳥が空へと流れた
橋に集まった民衆は暗くなるまえに小屋へと帰るだろう
雪を知らない道化が化けた神とは知らずに かれらは永遠を願い亡命してしまう
彼女も雲へと流れたか
星の海で漂流するきみの 寂しそうな眼を食べてやりたいと
聖なる夜の生け贄は 這いあがる亡霊に任せて
私が星の出口を見つけなければ
死に絶える精霊の孤独も
光に蝕まれた天使の横腹に隠し
臆病者はまた旗を振る

月の光がみえないのだろう

やがて死んでいく子は終末へと歩くなかで姿なき影を追いかける おまえは忘れてはならない
立ち去った鳥は沈んでいく海に絶望する おまえに囁いた古き夜の霧 立ち去る太陽のこと
呪いというものがあるのであればそれでおまえの終わりを願おう
果てのない地獄に雪が降る 光 明けることのない夜に私は青い光をみた 散った太陽の欠片 あの子を眠らせてやればいい
群がるものたちは星に生まれた人間たち 空が死んでしまった悲しみは新しい誕生を拒絶した
臆病者の骨が遠くで雪のなかに沈んでいく影を動かなくしていた それは誰の記憶でもなく 私の望んでいた幻影だったのだろうか
いくつもの夜が死んでいっても新しい朝はやってこない まだだと言うのか 天と地の嘆きを聴いて 雲を抱きしめても おまえは まだだ まだだと
ああ、ああ、ああ!吊された女の前で私は涙を流した 醜い空の子よ おまえの霧は何処へ逃げればいいのだろう 普通とは 現実の地の先にある花の死体 そこでおまえは捨ててみせるがいい すべてを! 裏切りの果て 眠り子の悲しみをおまえは知らない 裂かれた太陽に涙を流すのではなく 手を伸ばすのでもない 放棄するのではなく 拒否するのでもない おまえがいま朝だと思っているのであれば子には真夜中だ 告げる それは低く おまえにも見えるように 鳥は飛んできたはずだろう 教えてほしい 歓喜の歌を 崩れ落ちる叫びばかりを聞かされて 眠り子の輝きは消えていく
おまえが形を失っても
眠り子はおまえのうしろで死んでいくというのに

(動かぬ霧の先で創りだそうとする新たな言語を
死んでゆく時は溢れていく衝動を揺れた毒に浄化され逃げ去った民衆へ 太陽が沈み夜に飛び去った鳥が忘れられた永遠を見つけた
静かな世界へ這い上がろうとする男は流れる光を飲もうとして気付く 散り積もる毒の存在に
消えたあの星の名前を
誰もが忘れてしまった
空が海に溺れてしまう時には幼き亡霊たちもその海に消えてしまうのだろうかと私は考える 誰もがいつかは沈んでゆくものだと知ってはいても 私を吹きつける闇が光を風に流す 古き夜の埋葬 それも私の願いだった
過ぎ去った風は永遠となり摘み取られ 冬に降る雪は染まる死のなかに音もなく明るくなった時を夢見 雨を背負っている
追いかけてきていた波の終わり 飛んでいる時間に彼女が眠り続けていた理由 音もなく ただ続くだけの冬を生きている私たちの雪は溶けないのだ!

・・・太陽が死んでしまったと
散ってゆく陽の欠片たちが神の手を傷つけ 私は濃くなった霧のなか少女を抱きしめた
私は千の鳥に火をつける 誰もきみに近づけないよう 火の鳥を空に放とう 水に眠る精霊の嘆き 空が死んでいく 世界の解放
夜の気は濃くなり血の匂いが私の足に絡みついてくる 殺してくれればよかった 地を這う蜘蛛は嘘ばかりで群がる羊たちは夢の終わりについて繰り返し考えている

 果てはないのだろうか この悲しみに、 私は夜を殺してしまう 光とは何だろう 雲が消えておしまい また太陽の噂を耳にする 降る雨の輝きとは違う 死んでしまった太陽の光を・・・

私は落ちる 冬の海へと 鳥たちと離れ 星には逢えない 流された記憶の 静寂 闇 孤独、少女。それは世界の果てから
年老いた男が横切れば彼女は無視をするだろう 彼にはもうみえていない 死にながら生きてきた記憶を 消えた光の声に重ね 秋の日の魂さえ忘れてしまった
沈む陽の欠片 死んでしまったという現実 誰もが果てを望み 彼方からの誕生を待っている 夢 夢 夢が叶うのであれば何が良いか 生きた少女の顔に触れ 橋のうえできみを抱きしめようか

私は彼が時を語れぬものになったと知っている 日の終わりを告げられぬもの 焼き焦げた鳥たちを乗せた船がある 私はそれを拒絶する 少女はおらず あの海は呪われているのだから
誰に、 閉じられた扉のむこうで狩りをしているもの 返ってくるものも私は知っている
・・・光だ 太陽は青い瞳を失った月を見ながら落ちていく 欠片たちの吐く息がかたちとなり空を埋める ああ 救ってはくれないだろうか 流れる永遠
崩壊 破滅 欠片たちは加速する 森は星になって 夜の闇に浮かぶ船 死に絶えた 羊たちの群れのなかで蜘蛛が渇きを待つことも出来ずに永遠を探していた

太陽が死んでしまう少しまえ
一羽 さびしげな鳥がいて 火に追われ 小さな小屋から逃げ出そうと 満たされぬ男たちから 逃げ出そうとしていた
私は濡れた砂を握る 海だったもの 欠片が抜け出して空へと飛び立ってしまう ひとつにすぎない ひとつにすぎないのだけれど
あれが永遠でなかったということを私は誰にも教えられず
望んだ永遠というものが何処にあるか私は知らないままに
余計な知識だけを残し、
太陽は死んでしまったのだった



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耳の無くなった理由(過去作)
 吉田群青

デリヘル
という職業をやっている同級生がいて
帰郷したときに 売春 と言ったら
本気で殴られた
だから左耳が聞こえなくなった

多分彼女の仕事中に
そのホテルのドアを開けても
左を向いていれば何にも聞こえないと思う

たどたどしく謝って
彼女にキスをしたらあまりに濃密で欲情した
おかしなことだ


自動ドアーをくぐりぬけて
北千住の駅ビルの地下でカフェラテを飲んでいた
すると眠り込んでしまって
ひたすら音符を描く夢を見た
音は聞こえなかった
起きたら右耳が無くなっていた

店員さんに告げると
ソファーの下から拾ってくれて
親切にも接着剤で貼り付けてくれた
店を出ると電車が来る時間だったので走った
走ったら階段の三段目に耳が落ちてしまった

拾おうとしたら急ぐ人の群れ
イナゴみたいに

過ぎ去ったあとに右耳はどこにも無かった
うわあんと泣いたが誰も気づかず
自分でも聞こえなかった


晴れた日に川辺で発声練習をしていると
職務質問をされる
それをやり過ごして山の中でしていると
熊と間違えて撃たれる
仕方なく雑踏の片隅でしていると
煩いらしく水をぶっかけられる


海へ飛び込んだ
深海なら誰にも迷惑をかけないであろう


もしわたしの死体を見つけたら
どこかに埋めて
その上に
ポッキーか何かを刺しておいてください


真冬の海は冷たくて
今にも良いソプラノで歌えそうだよ


2006/1/20

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せつない白昼夢
 しもつき、七

せっかくあしをとどまらせたのにあなたさそうから
あたし、がまんできなくなっちゃったみたいよ?、ね
すべてつんざくみたいなこえでフェードアウトなの

かわらないものがあるとするならばあなたひとりでいい
すてきなものをずっとめのまえにしていきるのはかわいそう

、?

(なんて、そんなこというとあなたはあたしをなぐるから)

もうしょうがないじゃない、叱りつけてくれてかまわない
ふたりで溺れられるようなみずうみまでドライブをしようよ
助手席でおとなしくあなたの詩をかいているから、すきよ

こんどあうのは曇りのげつようにしようとあなたがいえば
あたしはだいすきな雨もたいようもいますぐ殺しにかかるわ

  ・せつない白昼夢



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なやましい女子
 しもつき、七


いつかきみを殺すかも知れない

そしたら、なぐさめてね(だれも彼もむくわない)
ひえきったバスルームのすみで泣いているみたいな
げつようの早朝、吐ききったはずのこころを食べなおす

すこしでもおいしくなるように飾ったまずいパセリ
(やさしいしゅだんをさがしてナイフ)(つみびとみたい)

どうすれば血をださずにきずつき傷つけられるのか
わたしにはわからなかった、たったひとつのあまえだった
、こころがどこにあるかってきかれたら迷わずきみだった

恒星が、かたくなにあしをとめている理由も知らないから
きみがなにによってうごかされているかをおしえてほしいの
(まばたきを何億回したらわたしをゆるしてくれるかしら)

「いつかきみをころすかもしれない」「できれば明後日、」

  ・なやましい女子



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