月刊 未詳24

2010年2月第35号


2024年04月25日(木)20:22


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冬と歩
 木立 悟








書き加えられつづける一枚の絵
壁の裏側 震える黄金
穂を渡る火
羽の業を見すえる目


銀の石が燃えている
街のひとりを呼んでいる
影との指きり
かなえられなさを生きるということ


希みも呪いも同じと知り
焼かれるものの声あびるとき
土の上の夕べ踏みしめ
空の外の言葉を知る


轟々と咲く
轟々と撒く
浮かんでは去る十の顔
灯と火と燈と樹と星の距離


冬の境を巡る背の
赤い実と羽 棘と影
鉄の手首 凍える砲
常に風の分身を向く


空を緑にほどく声
重なりつづける滴をたどり
午後とじる曇
午後ひらく曇の軋轢を呑む


夜は近く 夜は近い
夜は足下 夜は深い
次の一歩に終わる己れの
絵を負いながら歩みつづける


窓が窓に渡す骨粉
幼い指は土にこぼして
星の裏側へ向かう光の
まるくゆがんだ道のりを聴く
























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真夜中
 凪葉

寝付かない子を抱き上げ、あやす姿が
豆電球の中ぼんやりと視界の端で揺れている
 
小さな声で 何かを囁く
途切れとぎれに言葉は
意識の薄皮を 超えてはこない
 
浮かんでは消え
浮かんでは消え
 
眠りにつく瞬間は
未だ、知らないままでいる
わたしの一瞬

不意に
意識が破れて
隣を見つめる

誰もいない 暗がり
わたしは
豆電球のまどろみを
いつまでも探している

舗装の悪い 県道
トラックの弾む音が遠くとおく
知らないところへと伸びていく

うなり声
腕の中で眠る 子の
目を開けて
その姿を見つめている

わたしの瞳を
見つめている




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吉田群青
 聖ウァレンティヌスの日


父親に似て武骨な掌をしているわたしは
繊細な作業には生来向いていない
折り紙を折ろうとすれば
指の中で次第に湿り
くちゅくちゅの臓物のように歪んでゆくし
絵を描けば木々はむっくらと空高く
無数の人影が伸びあがっていくような
不気味な仕上がりになってしまう
だから
バレンタインデーに
見目よいお菓子を作るなんて
ましてや誰かにあげるなんて
一度もしなかったのだけど

あるとき何を間違えたのか
本を見ながら一度だけ
トリュフなるものを作ってみたことがある
仕上がりは勿論さんざんで
チョコレートと生クリームしか入れていないのに
何か尖ったものが
棘のように突き出しているし
ぞめりとした質感は腐葉土のよう
どうしたって丸めるときに
爪や髪の毛や他のもろもろが
入り込んでしまったとしか思われない
自分で食べる気にもならなかったから
粉々に砕いて深く埋めたのだ
やはり壊す方がよっぽど楽だ
埋めた上を固く踏みつける
何かが芽生えてしまわないように
7歳のわたし
いつまでもいつまでもそうしていたんだ


何年か前に付き合っていたひとに
バレンタインには子供が欲しいと言われた
別に結婚するつもりじゃない
ただいつくしむものが欲しいんだと
それで一ヶ月前から
一生懸命子宮を動かして
何か作りだそうと頑張ったのだけど
不完全なわたしのからだに
完全な子供が宿るわけもなくて
バレンタインデーの前日
ころりと生まれたものは
赤い車輪のついたアヒルの人形だった
よく見ると小さな歯型が付いていた
それはおそらく昔もっていたけど
いつの間にか失くしてしまった
わたしのお気に入りの玩具だったのだろう

付き合っていた人とは
それから間もなく別れてしまったのだけど
あのとき産んだ人形は
歯型のついたままハンカチに包んで
大事に引き出しにしまってある
夜中こっそりいつくしんでみる
さびしい夜には殊更つよく
体液と唾液のにおいが漂う
いつくしむものが欲しいんだと
言ったあの人の気持が今なら少しだけ
ほんの少しだけ
分かるような気がする


女の子から唐突に
手作りのチョコレートを貰ったことがある
彼女のことはあまりよく知らない
携帯カメラを構えて写真を撮って
あとで画像を見返すと隅の方に
ちんまりと俯いて写っているような
そんな子だった

アルミ箔でベコベコに包まれたそれは
思いのほか重く
帰宅してから開封したら
ぼろりと崩れた真っ黒な塊が出てきた
割れた面からはところどころ
わたしの吸っていた煙草が飛び出していて
丸文字で
煙草好きなんですよね?
と書かれた
ぴんくいろの便箋が添えられていた

びっくりしてすぐに裏庭で燃したけど
それは血のようなにおいをまき散らし
いつまでもぶすぶすと燻っていた

今頃あの子なにしているんだろう
先日画像ファイルの整理をしたときに
隅の方にあの子が写っている写真が残っていて
深く煙草の煙を吸い込む
いまごろあのこなにしてるんだろう
あれからすぐ変えた煙草の煙は
窓の隙間から細く細く逃げて
前よりもずっと軽やかに空に溶けてく




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冬と粒
 木立 悟




水を聴く樹を聴いている
指の先の夜の先
遠く深く落ちる雨
響きつづけるひとつの音


景を映して冷ややかな
すべての震え すべての風
灰は銀に 銀は灰に
川を光に曲げてゆく


壁の上の午後 鳥は横切る
霧が枝に枝を描く
無地の布が色を呼ぶ
砂は原へ原へと傾く


何も無い場所に満ちるものを
抄いつづけ夜になる
時は戻り またはじまる
鉄を照らす灯がひとつ増える


冷ややかなものが鳴っている
雨より高い窓のありか
月はすぎる
亡びた国の数字がつらなる


後を追わず
豊かになる
とどまるものは
落ちるもののみ


午後は夜に 夜は午後に
境も標も覆われている
人から離れた人や言葉を
抱きとめる手は無数に在る


今も記憶も同時に響く
街も原も呑みこんでゆく
源へ源へ帰りながら
ひらくものへひらくものへ打ち寄せる






















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冬の夕暮れに便所に立つまでのひとつの乱雑な考察
 ホロウ




撲殺の感触のような中枢の痛み
地の底まで沈みこむ心情を他人事みたいに傍観しながら
彼方の空にあるのは白に消えそうな青
白痴のような未熟がゆっくりと左胸を叩く
死を見るからこそ生きたくなる
死を見るからこそ生きたくなる
俺がこうして死を見つめるのは
どんな人生であれそれがただの中断であるかのように思えてしまうからこそだ
欠片のような真昼の月に
輝きを求めるのはお門違いだ
まるで
まるで暗闇に向かう長い跳躍
俺に命を感じさせるものは
いつだって無残に死に絶えた何かで
それをネガともポジとも俺は言いたくはなく
ただ拘ってしまうのは生きたいと願っているせいだろうと
カテゴライズの必要性にそっぽを向いて飯を喰う
選んでしまったのだから
上っ面の言葉なんか吐きたくはない
誰の心にそれが届くことがなくても
心底から引っ張り出して紙の上に並べてやるのさ
俺が目にしたいと願っているのはいつだってそういうものだから
そこに拘り続けて悪いことなんか何もない
冬の夕暮れが恐ろしいのはそのまま凍えてしまうのではないかと考えてしまうから
夏の夜明けが恐ろしいのはそのまま焼き尽くされてしまうのではないかと考えてしまうから
そんな風に当り前に忍び込むものを歌おうとすることに
手法や韻律などどうして必要だというのだろう
間違えるなよ、ここに書かれているのは決して言葉通りのことなんかじゃないぜ
俺が求めているのは羅列という現象からやってくるカタルシスそれのみかもしれない
書こうとしているものと残そうとしているものは別のこと
手段として正解というものですらないのかもしれない
開けるべき扉だと思えばとことん開けてみるだけのことさ
真昼の月の輝きはそこに存在していないわけではなくて
俺たちの目に見ることが出来ないというそれだけのこと
いつだって月は月であり
俺たちの生きている場所がどんな時間であろうとやつには関係がない
まるで
まるで暗闇に向かう長い跳躍
ここにあるのは誰に届かない叫び
そんなものにどんな意味があるのだろうかと時折考えるけれど
意味の有無を考えることが俺の人生の命題ではないのだ
続けること、続けること
ひとつの石を磨き続けるみたいに
なんらかの欲望のもとにそれを紡ぎ続けること
俺の言葉はこれまでの激しさや忙しさとは別の
呆然とした地平へ向かい始めている
その地平に立った時俺の目に何が見えるだろう
冬の夕暮れや夏の夜明けのような恐ろしさがそこにあればいいのに
跳ぶんだ、見えてようが見えていまいが
一度飛び始めたら飛び続ける以外に選択肢はないはずさ
生身の筋肉が果てしない瞬間を駆ける時のその喜びを
果てしない瞬間のままお前に伝えたいのさ
跳ぶんだ、跳ぶんだ、跳ぶんだ、跳ぶんだ、そこに決意があろうとなかろうと
選択して腰を深く沈めた以上は
跳ぶんだ、跳ぶんだ、跳ぶんだ、跳ぶんだ、跳べないなんて泣きごとは通用しない
跳べないのかどうか判断するのはお前がやることじゃない
お前はただ選んだことの続きを、沈み込んだ先の跳躍を
この場に曝して見せるだけでいい
怖いか、怖いのか
冬の夕暮れのように夏の夜明けのように恐ろしいのか
それが怖いならなおさらのこと飛ばなければならない
怖れが力になるのには幾時間かの期限がある
それが過ぎるともう何処へも行けない
時のミイラとなって部屋の隅で朽ちるのみだ
いいか、面白いことを教えてあげよう、俺たちのアクションなんかで世界は変わることなんかない
革命は弾薬を持ってるやつの自慰に過ぎない
だから好きに叫ぶだけでいいのさ
続けるということ以外に責任を負うことはない
なぜ続けなければならないか、そこにしか成長は存在しないからだ
なぜ続けなければならないか、そこにしか進化は生まれないからだ
いままでと同じ言葉をまるで違うみたいに吐くために
俺はこうしてだらだらと愚にもつかないことを書き連ねているのだ
ここに覚悟があると言ったらたいていのやつは笑うさ
だけどそこそこ判ってくれる奴だっているってもんだ
どっちもいるからどっちも正解、好きなようにやればいいんだ
ひとつの決定がひとつの事実を縛ることなんて出来やしない
留まっても見定めることなんて決して出来はしないぞ
流れてゆく景色の中で目にとまったものこそが真実だ
僅かな時間で目の中に焼きつけられた景色だけが
それを解かずに受け止めることが大事なんだ
生きてることなど人の身に理解出来るわけがない
そのまま次の地平に行け
焼きつけられたものがお前の中でいつかひとつの世界に変わる
紙きれの上にまぼろしのようなお前の人生
紙きれの上にまぼろしのようなお前の人生が残る
それを誇りに思うかどうかはお前の気分次第でいい
どちらにしても景色は流れてゆくものだから
着地点など定めずに飛べ、それはひとつの点に過ぎない
着点など定めずに飛ぶんだ、それはひとつの点に過ぎない
そこにどんな理由があったのかなんて誰かが決めてくれるさ、気に入ったやつだけ拾っていけばいい
行けよ
行きなよ




俺は小便に行くからこの文脈はここで終わりにするよ
抱いたまま行っても一緒に飛ばしちまいそうだからな





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雲隠れ
 腰越広茂

燃えている
縁石の終点に
黒い羽が溜息をつく夕暮
空の家路は幽玄に。
私は 夜へと
瞬く
視線は途切れ途切れに
冷えていく
支柱にからんでいる
朝顔は枯れてゆく
深く 夜へと
実る種子のはしゃぐ

遠のいて 近づく
無声
一輪挿しにみちる
暗さは常温の水
空に漂う時
鬼は見失う
光の面影を
燃えた深淵で



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