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月刊 未詳24

2010年5月第38号


2024年04月23日(火)21:59


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夜めぐる夜 U
 木立 悟






ちぎられる紙
ちぎる紙
はざま はざま
せめぎあう

扉の前の
やわらかな不都合
光の前の
しじま つまさき

背のびをして しずく
背のびをして 白詰草
ひとつひとつ
口に含む

夜に溶ける声
海の生きもの
橋の上をゆく
冬と冬

目から離れ
頬をわたる
離れ 離れ
くちびるに会う

分かれていても
指に打ち寄せる
花の熱 ただ
花の熱

扉を閉める音 開ける音
午後の路に水位を増す
空は在る
空は在る

粉が降り
池には虹の輪
沈む家
樹の上の夜

冬と冬が
呼びあう下をくぐり
風も路も火も
同じ色に鳴る

水に重く
奏で 浮かぶ
目に映る指を 曲線を
たどり迷う二乗の夜

ひとつのなかにふたつが笑むとき
どうしようもなくひとりを喰むとき
背のびをするくちびるに
花が花が降り来るとき

うたうことも
話すことも
からだを透り
雨のあとを追う

原を踏むものもまた原であること
星の自転に結ばれた弦
つまびくもの つまびかれるもの
同じであること

多くの約束ごとを破り
明けの光を浴びられぬまま
鉱の鉱の
鉱のまばたきを巡りつづける




























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おこめ
 吉田群青

2010年05月17日 05:03


初夏
水田には勢いよく稲が育ち
あんまりどこも緑色なので
じっと見つめていると
眼が緑色に染まってしまいそうだ
実際
おこめを育てている農家の人は
緑色の瞳を持っている人が多い
青々とした稲を見すぎている為だろう
よく見えないんじゃないか
と思うような真緑のその眼で
笑いながらすいすいと水田を行き来したり
じっと立って空を眺めていたりする
さあさあと水田の上を吹き渡る風は
どこか遠くの雨のにおいを運んでくる


おこめには一粒に一人ずつ
神様がついている
と言われて育ってきた
神様かどうかは知らないが
確かに
不意に米びつを開けると
無数の小さいものが
いっせいに逃げていくところをよく見る
どうにも気になったので或る日
その小さいものをひとつを捕まえてみた
掌の上に載せてよく見てみる
人のかたちをしていた
透き通るような五本の指の手と
芥子粒ほどの眼を持ったそれは
どうやら小さな女のように見えた
何語かわからない言葉をわめいている
どうしていいかわからなかったので
口の中へ含んで噛み砕いた

ひどく甘い味がした


米を異常なほどに好きな女の子を一人知っている
小学校のときに隣の席に座っていた子だ
華奢な体をした彼女は
給食の米飯を何度もおかわりして
おかずは食べずに米ばかり
むしむしといっしんに食べていた
そんなに仲良くもなかったけれど
なんだか異様だったのでよく覚えている

そんな彼女が最近死んだという噂を聞いた
昔のように米飯ばかりを大量に食べたあと
満足そうに微笑んで
ころりと死んでしまったそうだ
死因がよくわからなかったので
解剖してみたところ
体中の骨という骨の間に
米飯がびっしりと詰まっていたそうである

そういえば
おこめは骨と同じ色をしている


掃除をして
部屋の隅から出てきたおこめは
一粒ずつ拾って掌に集め
庭へ埋めてやることにしている
そうしないとなんとなく怖い
おこめを粗末にすると眼がつぶれるとも言うし
食べなくてもせめて埋葬してやろうと思うのだ
庭へしゃべるで浅い穴を掘って
その中に拾ったおこめを落とす
土をかぶせて足で踏みしめる
そうして埋めたおこめが
芽を出したことは一度もないが

先日の夕暮れ時
庭一面に無数の稲が
青々と生えているのを見た
眼の錯覚かも知れないが
日が落ちきってしまうまで
ずっと見えていた
分け入っていこうとしたら
消えてしまった

このごろよく思うのだが
わたしは死んだら
あんな風に
青々と稲の繁った
水田の中へ行くような気がする




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明方、その暗がりに
 ホロウ




鈍い目眩とともに
やって来る歪な影
暗い夜明けのように
淀んだ白夜のように
めくれた上皮みたいな気分が
敷布の中から身体を捕らえて
煮物が駄目になるときのような一秒が
目玉をくり抜くみたいに過ぎる
両親、その阿呆みたいな理念と
余計な部位のような兄弟
去れるものなら去れよ
似た血がそこにあるというだけのことで
それを繋がりだなどとオレは呼びはしない
安普請の空間を駆け抜けてゆくあどけない羽の小蠅
蛍光灯の白色の密度を掻き回して
自我を見失うみたいに時計が歪む
ああ、まるでおざなりなパラレルワールド
右目だけが現世に取り残されてる
ヒトの言葉を話す鳥を連れてきて
世界は入れ替わったのだと執拗に教えてくれ
歪んだ文字盤の時間を読んだが
それが何時ぐらいなのかは一向に判らなかった
判らないことの向こうに真実があるのだ
それはいまに始まったことじゃなかった
画鋲の隠れた水を放つ
洗面台で果てしなく顔に水を当てろ
いつだって痛みが無くっちゃ
人は正気になんかなれないもの
そしてそれは
比較的まともなひとつの側面、としか
言い切れない程度の正気だ
オレはそれを理解している、だからオレは至極まとも
オレはそれを理解している、だからオレは至極まともだ
朝焼けで変色したカーテンを開くと
爪の先が少し火傷をする
鼓動の末端の痛み
鼓動の末端の痛みだ
そんなものに生命を学ぶほど愚かではないが
知るにこしたことはないという気がしたのは確かだ
オレは洗面台にいた
そこで血を流していた
頬についた傷はちょっと酷かった
濡れたタオルでキレイにしてから止血クリームを塗り
分厚いガーゼのついた絆創膏を貼った
巧く出来るときはこんなこと絶対に起こらないのに
昨日ここに居たオレと
今日ここに居たオレとじゃどれだけのことが違ったのだろう
飛びすぎた小蠅が窓ガラスで燃えた
オレは窓ガラスにバケツで水をかけた
おかげで部屋の中はちょっとしたスチームの嵐
オレは忌々しい思いをしたが
渇いて痛んでいた
喉はだいぶん具合が良くなった
これのせいかもしれないとオレは思った
返信のように絆創膏の下が疼いた
蟻にまみれたバスケットの中から
昨日買ってきていたパンを取り出した
トースターに放り込んでコーヒーを入れた
一枚目は失敗した
二枚目はちゃんと焼けた
コーヒーはいつでもこの上なく美味かった
それが自分の人生に贈られたささやかな一日の保証
いつものようにオレは少し満足した
差し引きゼロとはいかないがまずまずの気分だ
白いシャツには赤い付け爪が沢山こびりついていて…と、思ったら本物の爪だった
以前そのシャツを着たときに
何があったのか少しも思い出せなかった
長い時間をかけて爪をすべて払った
手のひらに短い切り傷が出来た
痛みのリズム
幾つかの傷が別々の鼓動で痛む
そのすべてのビートの隙間を縫いながら
オレは新しい詩をノートに殴り書きする
窓で蒸発した蠅
部屋中にあふれるスチーム、そこまで書いて
オレは窓を開けることを思いつく、窓はもうすっかり落ち着いている
外は気持ちよく晴れている、目の前の電柱に
首吊り死体がぶら下がっていることを除けばなにも問題などない
(どうして他人の部屋の正面で首など吊ったり出来るのだろう?)
死体はまだ温もりすら感じられそうなほど新しくて
ビクンビクンと四肢がやたらに跳ねていた
アイドル歌手みたいな可愛らしさが限界を感じさせる
確かにある種の哀しみを先天的に抱えたタイプの女だった
垂れ流した糞便が淡い黄色のミニスカートをおぞましい色に変えて
あたりにはそれの臭いと
おそらくは死臭というものだろう、もうどうしようもない、と
空気に書いてあるみたいな臭いが致命的に染み着いていた
オレはため息をついて窓を閉めた
死体は真っ直ぐにこちらを見つめていたのだ
警察が来たら知らなかったと証言しよう
さいわい周りの奴らはまだ起きてなかったみたいだし
(もしかしたらオレと同じようにだんまり決め込むつもりかもしれないけれど)
オレはスーツを着ると仕事に出掛けた
玄関に鍵を掛けたとき
サイレンがこちらに向かってくるのが聞こえた






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穂明
 木立 悟






巨きすぎる絵を
照らす拍手
また
照らす拍手


葉の影が
頬から動かない
音なでる指
なでる指


縦の水に沿い
三つの魂が立っている
渦の音 見えぬもののための
渦の音


霧雨のなか繰り返す
何処にも着かないものを放る
途切れ光る端
触れては離れる


雷鳴が窓をひろげる
遠いままの夜
うたも水も
夜を残しては去る


色は巡り 尾は巡る
絵の上に重なり はためく絵
倒れた夜に
寄り添う夜


風のなかの見えぬ手が
見える手に触れ見える手となり
水に息にかたちを変える
三つの魂をつなぐ音


銀の銀 光の無さ
窓の千年 千年の群れ
夜の終わりではない朝の
静かな静かな満ち干きを聴く





















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かげふみ
 腰越広茂

影をさらう
私の視線の深淵には
沈黙が重なり積もって
闇が冴えかえっている
それはそれは
静けさの
みちみちて
無表情におかしいくらい
青ざめ冷たい
微笑だ
いいえ
初めての
光なのです
零れおちる足もとに
あれから
これへ
立ち尽くしていました
もう

夕暮前に
糸のようにほそく光る月がかしげているな
なぜをなぜる
今晩はやけに
あふれかえる
暗く きこえていますか
この連連とした死の産声
人知れずひびきわたる虚空
私の生をささえているのです

わすれてしまいますか
喪失をえた、ということを
この影はふまれている
最初から最後まで
ずっと
知りもしないで



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