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「なー、オレ好きなのかもしんねー」 オレの記憶が確かなら。 今は放課後。 ここは数学の準備室。 そして、 「センセーの事」 目の前にいる男は、オレの生徒…の、はずだ。 『多分そうかもしれない』 「…」 「…」 「……へえ、」 好きかもしれない。 そう告げられてたっぷり五秒は固まり、やっと出てきた言葉はそんな一言。 「センセー反応薄い!!」 「どんな反応しろってんだ」 淡泊なオレのリアクションに不満気な声を漏らしたのは紛う事なくオレの生徒。 といってもクラスの担任をしているわけではない。 こいつ、嵐は、数学のテストでの赤点常習補習常連の男なのだ。 他の教科は普通に出来るらしいのに何故か数学だけはいつもいつも悲惨な点数。 一年の時から数学を担当しているが、それは二年になった今も変わらない。 自然、数学教師である自分との接点は増える。 それを除いてもコイツは準備室に入り浸っていたが。 今日も補習のプリントを解かせているところだ。 ただし今回は赤点が一人しかおらず。 だだっ広い教室にいるよりは準備室でやる方が良い、ついでだからわからない所を教えてくれというからオレも残っていたのに。 『好きかも』 なんて。 突然そんな事を言われてもとっさに面白いリアクションなんて返せない。 いや、別に面白くある必要はないのだが。 「どきっとかきゅんとかねえの?」 「ないな。大体『かも』ってなんだ『かも』って」 好きと告げられたなら、拒否するなりそれなりの対応を取る。 というか男でしかも生徒から言われたのなら冗談で流すだろう。 「だってまだ良くわかんねえし」 「わかんねえなら言うな」 「でも好きなんだよ、多分」 「はいはいありがとよ」 明らかな子供扱いに、むっと眉を寄せる嵐。 どうでも良いがペンをくるくる回すのはこいつの癖なのだろうか。 「センセー信じてねえだろ」 「問題解け」 「解いたら答えてくれる?」 「何に」 「オレの気持ちに」 「あと三十分で解かなきゃオレ帰るからな」 「センセーいじわるッ!!!」 「素敵だろ?ほら解け」 「うー〜…っ」 なんだかんだでせかせかと問題に取りかかる姿に目元が緩む。 まあコイツの頭で残りの問題を三十分で解くなんてまず無理だろう。 教師としてあるまじき発言だが、コイツの実力はオレが一番良く知っている。 現に全部で十問ある問題のうち解けているのは僅か二問。 それもオレが一から教えてやっとで解けたのだ。 授業中一体何を聞いていたのかと悲しくなってくる。 でもまあわからない所はちゃんと聞いてくるし、下手に知ったかぶりするよりは良いのだが。 (バカな子程可愛いってか?) 誰が先に言ったのかわからないが、まさにその通りだと思う。 贔屓をするわけではない。 真面目で非の打ち所のないのも生徒だから可愛いのだが、やはり少しくらいやんちゃな方がそれよりも可愛いのだ。 少なくともオレはそう。 (…それにしても、) 何だって嵐みたいな男がオレなんかに懐いてしまったのか。 オレが見る限り、嵐の周りには常に男女関わらず人がいて。 オレみたいな地味員代表の教師なんかに構わなくても、コイツと仲良くなりたい奴はたくさんいるはずなのに。 (わっかんねえなあ…) ひっそりと溜め息を吐く。 だが、 「センセー〜、全っ然わっかんねぇぇ…っ」 まあ、こんな風に懐かれて悪い気はしない。 机に顎を乗せ上目で助けを求めてくる嵐に、思わず笑みがこぼれた。 その後。 「お、わったぁあああ!!!」 やっとでプリントを終わらせ、万歳!と諸手を挙げて喜ぶ嵐。 結局全ての問題を一から教えてしまった。 本来なら一人でやらなければいけないのだが、コイツの頭では絶対無理なので良しとしよう。 元より赤点がコイツ一人だった時点で、この際だからときっちり叩き込むつもりではいたのだ。 「やれば出来んじゃんオレ!!」 「誰のお陰だこらー」 「センセー様でっす!!」 「わかってんなら良し」 自画自賛する嵐にそう言うが、確かにコイツはやれば出来るのだ。 なのにやらないから毎回テストで悲惨な結果を招く。 「な、な、センセーご褒美は?」 「あー?」 ご褒美? 何言ってんだコイツ。 そんなもんこんな遅くまでお前に付き合って学校に残ってたオレが欲しいくらいだ。 そう思ったが。 「…」 きらきらと光る期待に満ち溢れた視線に、ぱたぱたと振られるしっぽまでが見えてきた。 まあ、今回は相当厳しく教えたにも関わらず頑張っていたので。 「おらよ」 よしよしと頭を撫でてやった。 のに。 嵐はむう、と唇を尖らせ、じとーとした視線をこちらに向けた。 「…」 「…あんだその目?」 何か不満でもあるのだろうか。 缶ジュースでも奢れば良かったか。 「センセー、オレもう17だぜ?」 「?だから?」 17歳だなんてとっくの昔にわかっている。 嵐の言わんとしている事がいまいち良くわからなくて眉を寄せると。 「ご褒美っつったらやっぱもっと色気がないと!!」 ちゅーとか、ちゅーとか、ぎゅーってしてくれても良いけどね。 「な?だからもう一回!」 「…お疲れー」 ハートを飛ばしていそうな勢いでそう言う嵐をさくっと無視をして鞄を持ち出口へ向かう。 その腕を慌てた様子で捕らえられた。 「ちょっ、待ってよご褒美ーッ!!」 「とっとと帰ってクソして寝ろー」 「あ、むかつくガキ扱いして!」 「ガキだろうが」 三十路を越えたオレからすればたかだか17歳のコイツなどガキ以外の何者でもない。 言い切ると、またも嵐がむくれた。 「ガキじゃねえもん」 「はいはい」 そうやって言い返すところがガキなのだ、とは言わない。 見れば既に窓の向こうは真っ暗だ。 オレもとっとと帰って一杯やりたい。 「ほら、鍵閉めるから早く…」 背後を振り返り、言いかけたところで。 「――‥、」 間近に迫る嵐の顔。 ふっと影がかかり。 唇には柔らかい感触。 一瞬だけ触れたそれはすぐに離れ。 呆然と固まるオレに、嵐はにんまりと目元と口を緩めた。 「ご褒美いただき」 「…」 「じゃあな、センセ!!」 ついでとばかりに頬にまたキスをされ。 準備室のドアをくぐり、出る直前で端に手をかけて、そうだ、と振り返り。 「オレやっぱセンセーの事大好きかも」 これからは本気でオトしにかかるから覚悟しといてね。 嵐はそう告げて。 その名の通り嵐のように。 颯爽と廊下を駆けて行った。 ちゅって。 大好きかもって。 オトすって。 覚悟って。 「…………は?」 一体、何。 ワケがわからなくて、十秒余りその場に棒のように固まり。 我に返ったのは、未だ残っていた他の先生に声をかけられてからだった。 end.
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