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『日常の泡』 幸せってなんですか? 終わらない日常ですか? 終わりに怯える幸福ですか? 学校帰りにふと気付いたコンニャク屋の看板。いたずらにしては馬鹿らしく、宣伝文句にしては怪しい。 腕時計を見ると、彼との待ち合わせにはまだまだ時間がある。が、実際そんなことは関係なく気になるし、興味がわくのも事実。 その少し古い看板に書かれた「幸せのコンニャク」という商品がどういうものなのか、ということ。 僕はその店の前まで行って、なかの様子を知ろうとした。だけど、扉は閉まっていて、ちっとも見えやしない。かといって、その扉を開ける勇気もなく、僕は立ち尽くした。 すると、急にその店の扉が開き、水まきのバケツを手にした男の人と偶然にも鉢合わせになる。 「こんにちわ」 その男の人は水まきのバケツを手にしたまま、ふにゃっと笑う。どうやら、この店の人らしい。営業スマイル。 「あっはい、こんにちわ」 僕はそれだけ言うと、その場から逃げて帰りたくなった。もしかすると、店の前をウロウロジロジロしていた変な男子学生に見られたかもしれない。 だけど、今、ここで、聞かなければ一生後悔する。 「あっあの、『幸せのコンニャク』って、本当にあるの?」 「はい」 その男の人は僕を客と認識したように手を扉にかけなおす。 「よければ、なかで話しませんか?外はまだ寒いですし」 「じゃっじゃあ、せっかくなので…。でも、待ち合わせがあるんで、長くはいられませんよ」 「それなら、大丈夫ですよ。どうぞ、いらっしゃいませ。風永のコンニャク屋に」 導かれるままに入ってしまった店内は木材の温もりで溢れていた。 見渡す限り、さっきから癒し系オーラを出し続けている男の人以外、誰もいない。 「いちお、私がここの店主なんです。恥ずかしい話しですけど、最近は文明も進んでて、この辺の商店街はシャッター通りでしたでしょう?正直、アルバイトなんてものを頼める余裕ないんですね。ですから、私しか、いませんよ」 こっちの気を察したのか、店主はそう説明した。 僕って、そんなに顔に出してしまっていたのだろうか…。 思考がグルグルと走り出す。 何が何なのか、わからなくなりかけたその時、恐怖の泣き声がした。 「私しか、いませんって、言いましたけど…」 店主はしゃがむ。 僕は身構える。 やつの気配がした。 「黒猫のミーヤです。ところで、猫は大丈夫で…」 僕はこれ以上ないぐらいに首を振る。 すると、店主はあろうことかミーヤとかいう黒猫から手を放した。 もう、ダメだ。 ずっとその考えだけが頭を駆け出した頃には、驚いた。 ミーヤは僕の態度を見て察してくれたのか、淋しそうに古い店の奥に姿を消した。 ホッとするよりも、どこか罪悪感が僕の胸を詰めた。 「いいんですよ。ミーヤはあれで。大丈夫ですから。逆に気にされたほうが、ミーヤは悲しみますよ」 店主はふにゃっと笑った。 コンニャク屋じゃなく、商店街じゃなく、もっと人目をひく場所で笑えば、有名人になれるだろうに。 どこかやるせない気持ちになる。 「ところで、まだ待ち合わせまでのお時間はありますか?」 「え、あ、はい。大丈夫」 いつの間にやら、コロコロと色を変えた僕の頭は当初の目的を忘れていた。 それでも、再び呼び戻されて、店主と向き合う。 「ちょっと、長くなりますよ。まずは、ここは風永というコンニャク屋です。そして、ここで売っているコンニャクは自慢できるほどに売れないんですね。最近では文明も進歩にあわせて、人はわざわざ買い物へなんていきませんし、スーパーのサービスでロボットが運んでくれるでしょう?」 少し、首を傾げている店主の後ろには2006年という何十年前のものかわからないカレンダーが色をおとしてつるされている。 今になっては目にしない、紙のカレンダーだ。 「ですから、考えたんです。スーパーに勝てることといったら、サービスだと。どんなに文明が進歩しても私たちはかわらず人間ですから、悩み事の一つ二つは抱えていると思うんです。で、うまれたのが『幸せのコンニャク』って商品なんですよ。普通のコンニャクとまるっきり同じですが、お悩み相談も兼ねようというものです。代金は最低でも、このコンニャク代をもらえたら嬉しいですね」 「代金は後払い?」 「はい、そうですね」 切れかけの電球がチカチカしている。その下で店主はふにゃっと笑う。その奥を見ると、おばあちゃん家が古かった時の写真を思い出す。 命には関わらないだろうけど、修理したほうがよさそうな壁。 「じゃあ、頼もうかな」 僕はすでに決めたことをわざわざ口にした。 それは店主の反応が気になっただけなのかもしれない。 「無理とは言いませんよ。なんか、怪しい商売っぽいですしね」 「そうかな。思いついたとしても、誰もしないよ。今時」 「そうですね。ですが、普通にコンニャク売っていたら、この店はパタパタになりますよ。ですから…」 「……」 「…すみません。これをはじめたのはそういう理由だったんです」 僕はそう言う店主を前に不安になる。 どこかで顔色を変えてしまっていたのかと。 だけど、店主は包み隠さずに話してくれた。 だからかもしれない。 僕はいつの間にか悩み事を相談していた。 「待ち合わせしているって言ったよね。それ、僕の彼との昔からの約束なの。いつ壊れてしまうかわからない関係なんだけど」 僕は彼といる時が一番幸せだった。 「人生で最大の幸福で、けど、いつも会えたりはしないの。それはね、きっと彼には、僕以外にも、誰かいるからだと思うの。だから、このままじゃいけない。終わらせなくちゃって。だけど、僕にとって、彼がすべてで。だから、それを終わらせてしまいと、すべてが終わってしまう、そんな気がして…」 優しい笑顔で話しかけてくれた時、僕の世界は色を手に入れた。キラキラだった。 だけど、今は……。 「毎日のなかに幸福を感じられない。終わりに怯える幸福しか僕にはないの」 一通り、説明すると、あの時『幸せのコンニャク』に惹かれた理由を、僕は悟った。 すると、店主は意味深に笑う。 「泡はどうしてできるか、知っていますか?あれは液体に気体を含んでできた玉のことをいうんです。詳しくは知らないんですけど、同じことじゃないでしょうか?すべては泡のようです。日常という液体が幸福という気体を包む。大きくても、小さくても、はじけて消えてしまいそうな幸福。ですが、考えてみてください。その泡のなかの幸福という気体は、日常という液体がないと成立しないんですよ」 店主は優しい声でそう言った。 「と、いうことは日常という液体を持っているのがそもそもの幸福?」 僕は確かめるように、質問した。 「そうじゃないですか?だって、続くものがあるから終わりに怯えてしまう。ただ、泡がなくなるだけなのに」 ね、と店主は切なさそうな顔で微笑んだ。 「すべてを失うように感じるのは間違いなんだね」 「そうですよ」 店主は木製の机の上にある量りにコンニャクをのせた。 「この商品もそうですよ。買ってくださったかたには幸せをつけたいんですが、それが消えてしまってもコンニャクはここにあります」 ですから、彼と別れたとしても、あなたはすべてを失いません、なんて店主は真剣に口にした。 聞いているほうがちょっぴり恥ずかしい。 けど…。 「そうかな。そうだったら、いいな」 僕はそっと瞳を閉じた。 そして開いた時には世界がまた色を取り戻していた。 その後、僕は財布を持ってきていなかったことに気づき、後でお金と猫缶を持ってくるからと約束した。 すると、店主は嫌そうな顔すら見せず、袋にコンニャクをいれてくれた。 試食品らしいけど、もしかしなくても幸せが詰まっている。 僕は大切にその袋を両手で抱えて、彼との待ち合わせ場所へむかう。 途中、ふと腕時計を見ると、時間が少しも動いていないことに気付いた。 あれ、と不思議に思いながら、僕は鞄のなかから携帯を取り出し、たった一つしか登録されていない番号に電話をかけた。 だけど、現在その電話は使われていないらしい。 結局、彼はその日、どんなに待っても姿を見せなかった。 「終わらせる前に、終わっていたんだね」 何気なく見上げた夜空は何も語らない。 僕はそれがあたり前だと思いながら、夜の町を歩いた。 携帯の登録は0件。 真っ白な状態。 でも、いつか、新しい泡が退屈でしかたない日常にできるよね。 そして、そんな可能性を持った日常が続いていくんだね。 それはなんて幸福なことなんだろう。 =fin= 最後まで読んで下さり ありがとうございます。
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