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ことの起こりは、些細な行き違いだった。 「なあ朋、ここの訳なんだけどさー」 「え? なんて?」 「ここのな、『ねびゆかむさまゆかしき人かな』ってとこの……」 「え? なんて?」 「だからここの、『ねびゆかむさま……」 「え? なんて?」 「だから『ねびゆか……」 「え? なんて?」 「お前もう耳掘れ!!」 なんだかよくわからないまま剛に怒鳴られたと思ったら、急に横っつらを張り倒されてしまった。おねェ座りで殴られた頬を押えてへたりこむ。 「い、痛いっ何すんだよっ」 「うっせえ! 馬鹿みたいに何度も同じこと言い返しやがって、もう我慢の限界だ」 剛はそう言い放つと立ち上がり、何やら勉強机の上をごそごそやり始めた。俺は剛のそんな意味不明の行動にただただ戸惑う。 「え、え、ええっ? な、何してんの?」 「何って」 そしてこちらを振り返った剛の手の中には、てっぺんに白いふわふわのついた、……耳掻き! いくら鈍い俺でもさすがに察する。 「え、ちょっと、やだ、それ」 「黙れ。つーかむしろここは感謝すべきだろうが」 「え? なんで?」 訊き返しただけなのに、剛の表情がぴたりと固まった。それを見て俺も硬直する。 あ、やばい。これ、剛、キレてる。 「いいから大人しくしろ!」 「うっわぁあぁあ!」 剛の腕がにゅっと伸びてきて、またしても横っつらを抑えつけられたと思ったら、強引に首根っこ引っ掴まれて剛の膝の上に頭を乗せさせられた。ん? ノセサセラレタ、って日本語あんのか? まあいいか。 とにかく俺は、小さい頃から耳掻きが大の苦手だった。何が苦手かって、……とにかく苦手なんだ。耳掻きが気持ちいいって言う人もいるけど、俺にしてみれば有り得ない。苦痛でしかない。あんな狭い穴にあんな長い棒突っ込んで、引っ掻きまわして、ほじくりかえすとか、……なんか改めて言葉にしてみるとやらしい響きだな。いやだからそんなこと考えてる場合じゃなくてだな。 「いっ嫌だって剛、俺耳ダメなんだって! マジ痛いんだって!」 頑なに俺の顔を抑えつける剛に必死の思いで抗議するけど、 「動くな。これ以上抵抗したらこの耳剥ぎ取って芳一にするぞ」 耳たぶ引っ張られたうえこんな台詞を低い声で吹きこまれたら、大人しく従ってしまうのも仕方がないと思う。 かくして剛の耳掻きが始まった。 いや、ウン、膝枕は嬉しいけどさ……。 「なんか、剛に『掘られてる』っていうのが、すごいクツジョクだ」 「……どうしてお前の発想はいつもそっちなんだ」 剛がため息をつく音が聞こえた。きっとまた呆れた顔をしているんだろう。剛は慣れた手つきで竹製の耳掻きを動かし、着実に俺の耳から溜まったゴミを掘り出している。しかもたまに楽しそうに、「お、すっげーでけえの取れた。見る?」とか言ってくる。お前はお母さんか。見ないよ。 こんな軽口を叩いている俺だけど、実は今現在も、ものすごい苦痛と闘っている。耳掻きの先がぐりぐり動くたびに襲う、じくじくした痛みに涙目になる。一緒に神経もほじくられてるような、おかしな感覚に陥る。たまに深いところにまで耳掻きの先が埋まるともう吐き気さえする。 俺は本気で半泣きになりながら訴えた。 「ご、剛、痛いよー、もういいってぇ」 しかし剛は全く聞き入れようとしない。その視線が一直線に俺の耳の穴へ向けられているのを肌で感じる。剛はらしからぬ小さな声で、 「ここに……すっげえでかくてしつこいのがいてさ……このラスボス倒したら……」 と、ぶつぶつと言った。人の耳の穴でRPGしないでくれないか。 「おい剛っいい加減にしろよ! 俺マジで耳掻き苦手なんだって! 弱い者いじめ良くない! イジメダメ絶対!」 ついに我慢ならなくなって叫ぶように言うが、剛の手は止まらない。あくまでマイペースに、がしがし俺の耳の中の「ラスボス」と闘っている。 「おい剛……!」 「あっ」 もう一度怒鳴ってやろうとしたところで、ピタリと剛の手が止まった。やっと止めてくれるのかと息をついたのも束の間、剛がぼそりと言った。 「お前がそんなに叫ぶから、鼓膜破れちゃったじゃねえか」 「えぇえぇぇぇええええ!?」 反射的に剛の手を払いのけてがばりと起き上がる。 「うっう、う、うそだろっちょ、おいっ剛ぉぉお!」 恐ろしくなって、半ばパニック状態で剛の肩をがくがくゆさぶる。が、剛は意地悪くニヤリと笑い、満足げに言った。 「ちゃんと聞こえるようになったな」 「へっ?」 意味がわからなくて唖然としてしまう。ぽかんと口をあけたまま固まっている俺に向って、剛はしれっとした口調で続ける。 「耳掻きプロのこの俺が鼓膜破るなんて凡ミスなんかするわけないだろうが。それにアレ、破ったらバリッってけっこう酷い音するらしいし」 「な……」 なんだよもう……変なとこで脅かさないでくれよ……つーか耳掻きプロってどこ認定さ。凡ミスで鼓膜破られてたらたまったもんじゃないんですけど。 一気に身体の力が抜けた。その場でへたり込む俺を尻目に、剛が古典のテキストを指さして言う。 「でさ、最初の話に戻るんだけどな。ここの訳がわかんなくてさ。ここの、『ねびゆかむさまゆかしき人かな』ってとこ」 「え? 何?」 ……一瞬にして剛の纏う空気が冷たくなった。剛はおもむろにテキストをテーブルの上に戻すと、なんともいえない怪しげな表情で笑ってみせた。そして右手にはテキストの代わりに、……耳掻き。そこで俺はようやく己の失態に気付いた。 「ぁ、……ぃ、いや違う、いっ今のは、今のは本気でっ……ひぃ!」 すごい力でがっしり頬を掴まれる。い、いたいこわいいたいこわいいたいこわぃいい! 怯える俺を尻目に、剛はものすごく楽しそうに言う。 「そうか、聞こえなかったか。じゃ、もう片方もやっつけような」 「ぃっ……い、い、いやぁだぁあぁぁああー!」 こうして剛の「俺の耳の穴大冒険第二部」の戦いの膜……じゃなくて幕が、切って落とされた。 終 ※実際のところ耳掃除はせいぜい入口付近を拭く程度でさして必要ないとされています 過度な耳掃除にはお気を付けください。
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