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…俺は、家庭教師として様々な生徒に接してきたと思う。 例えばすぐ先生に恋愛感情を持ってしまう女生徒、10分足らずで逃走を試みる生徒、一問答えるごとにお菓子を要求する生徒。 けれどこの生徒の前では誰もが可愛いもんだったと俺は断言できる。小学四年生の男子生徒で、家は普通の家庭。中学受験を考えているらしく、一年上の教材を扱った授業を展開しているときの、突然の主張だった。 「ぼくはかしこいんです。このよわいにして、びーえるというものを知り得ているのですから。」 俺は喉にまで出かけた声を呑み込んだ。頭の中でぐるぐる廻る「びーえる」の単語。あの…君津くん、それは… かしこい…のか?! 「君津くんの悩み?!」 毎週木曜、夜七時は君津くんという生徒の授業時間だ。 今日も例に漏れず時間きっかりに彼の家へ訪問。招かれた先の個室では彼が既に勉強を始めていたので、俺は挨拶を軽く済ませると、さっそく今度のテスト範囲である教科書の質問を受け付けた。 算数の鶴亀算の解法を教えると、君津くんは「なるほど」と持ち前の眼鏡をくいっと上げ、 「つまり、こういう計算になるんですね。」 スラスラとノートに計算式をかき始める。俺は横でその様子を眺めながら、理解力の高い君津くんに感心していた。実際彼に物事を教えるとすぐ覚えてしまう。本当に頭が良いと言われる部類で、将来は研究職にでも付きそうだなぁと思っている矢先だった。 「先生、恋とはどういうものですか?」 お茶を含んでいたら確実に吹き出していた。 算数の回答からは予想出来ない質問に、俺はあからさまに動揺する。それもそうだろう、誰がアルバイト中に小学四年生から恋についての教授を求められるだろうか。 いや、いましたよ過去に一人くらいは。でもそれは女の子に限っての話しで、俺は真剣にこちらを覗いてくる君津くんに苦い顔をしながら問い返した。 「こ…恋とは急に話が飛んだね君津くん。何かあったのかな?」 「……特別、何かというげんしょうは起きていません。ただ、ぼくのよっきゅうをみたしたいだけです。」 「欲求っていうと?」 「先生、恋にはほうていしきというものがそんざいするらしいです。ぼくは算数のほかに、その式を教えてほしいのです。」 まさかの展開だった。 俺は君津君がわからないことや、知らないことを教えるために来ているけれど…それは… 「えっとね、それは先生もわからないかなぁ〜」 はは、と弱った表情で返すと、君津君はまるでこの世が終わったかのように落胆し、両ズボンをぎゅっと握りしめうつむいた。 体をぶるぶると震わせ、「どうすればいいんでしょう、ぼくは」と絶望に満ちた声で俺に語りかける。 「先生…それはぼくのりかいし得ないすうしきがこの先ずーーーっと、ずうううーーーっとそんざいし続けるということでしょうか。「恋のほうていしき」を解けなければぼくは一人前になれないということなんでしょうか。」 「うーん…あの、恋の方程式っていうのは算数の範囲じゃないから大丈夫だと思うよ。」 青褪めた顔で真剣に俺を問い詰める君津くんだったが、俺の返答を聞くとハッと目をまんまるく見開いた。 君津君は再び眼鏡の縁に指をかけ、クイッとレンズを押し上げると 「わかりました。それは中学校での学習はんいなんですね。ぼくごときが手を出してはいけないりょういき……つまり“びーえる”と同等のそんざいだと。」 ……ん?俺は聞き間違えたのだろうか。今、君津君の口から絶対に出ないような単語が出た気がしたんだが… 「えっと君津君?もう一度今のセリフを言ってくれないかな?」 「……申しわけないです先生。ぶんまつごびを忘れてしまいました。」 「いや、大体でいいよ。ぼくごときが…の後らへんから」 すると君津君は背筋をピンと伸ばし、教科書と参考書が並ぶ机上に向き直り、一言一言噛みしめるよう話す。 「ぼくごときが…ふみこんではいけないりょういき……つまり…」 「つまり?」 「“びーえる”と同等のそんざいだと。」 そこから生まれた沈黙はかつてない重みを漂わせ、しばらく互いの動きを停止させた。 君津君は言い終えた達成感から鼻息荒くふーっと吹いた。たぶん、彼にとってこの議論は有意義なものなのだろう。少しわくわくした表情を覗かせ俺の答えを待っている様子に、心が折れた。 俺も詳しくは知らないけれど、それが数学用語でも、文学作品の名前でもないことは知っている。君津くんはしばらく待っても何も言わない俺にしびれを切らしたのか、じゃあ僕から…と話しを出した。 「先生は“びーえる”とはいかなるものなのか、こうさつしたけいけんなどおありですか?」 いや、ふつうないだろと突っ込みをいれたくなるがここは落ち着け。 何せ相手は小学四年生、しかもいたいけな年頃の男子。俺の一言で君津君の将来は変な方向へ行ってしまうかもしれない。 それだけは避けなければ。 「ぼくは、きのうあねと兄から教えてもらいました。びーえるとはアルファベットふたもじのゆうごうにより誕生した、かっきてきな省略ほうほうなのだと。」 すると君津君は自分のノートにでかでかと文字を書き込んだ。言うまでもなくBとLである。 「一見ベーコンとレタスのゆうきかごうぶつに見えなくもないですが、本来のやくわりをのべると男と男の熱いゆうじょうがはってん、しんかしたものといういみを案に示しているらしいです。びかちゅーがライチューになるようなものなのでしょうか。」 最後の具体例の年齢相応さが、逆に異様な空気を盛り上げている。 俺は眉間に手を当て、深く溜息をついた。 「き…君津君…、それはちょっと全然次元が違う話しかな…。BLっていうのはまだ君津君には早い話なんだ。だから、今は気にしない方が…」 すると君津君は再び目をかっぴらき、「はっ」と顔を強張らせると、姿勢正しく俺の方へ向き直った。全身に知識欲をたぎらせ、発した言葉は震えていた。 「先生もしや…びかちゅーをごぞんじでない?!」 「それくらい知ってるわ!!!」 見当違いの質問がえしに思わず突っ込んでしまった。 すると君津くんはホッと胸をなでおろし、一切悪気の無い笑顔で俺に言った。 「すみません、先生に恥をかかせてしまうところでした…ともかくぼくはびーえるを知らなければなりません。あ、違うんです。いちばんじゅーよーなのは… 先生がびーえるに興味がおありかどうかということなんです。」 「は…?」 「どうなんですか?先生にはびーえるにたいしてのよっきゅう、知りたいと思う気持ち、興味はおありなんですか?!いや、ないとだめです先生!これからの世の中、無知はみずからのみをほろぼします…で、どうなんですか?!」 「……う…うぁ…」 「姉はいっていました。『男と男のいちゃこらが世のニーズをみたすのだ』と。ニーズがなんだかぼくはしりませんが、おそらくじゅーよーなぎだいこうもくなのでしょう。これを解決するには…先生とぼくのぎろんの果てにあるしんじつがひつようなんです!!!」 「何についての議論だよ!」 「もちろんびーえるですよ!先生!これは大事なもんだいなんです!はっきりしてください…きょうみあるんですか!ないんですか!ちなみにないと答えたばあい…先生に未来をきりひらくことはできません!!!!」 じーっと見つめられ、俺は追いつめられた草食動物の気持ちを知った。 BLなんて友人の女の子が喋ってるのを少し聞いたくらいで俺は知らんよ。ってか、なんだそれ。でもここで興味がないと答えたら…君津君が色んな意味で爆発する気がする。 「えー…あー…はい。興味あります。」 迫力に負け、答えを口からひねり出す。 すると、バシンッと君津君の部屋の引き戸が勢いよく開かれた。 突然、 「すました顔してBLに興味があるなんて…これ脈ありだよな、明。」 君津君のお兄さんが会話に加わってきた。明とは君津君のことである。俺は背筋に悪寒が走り、その場から逃げだそうと「トイレ行ってきますね」とコメントすると、 「へぇ、トイレの中で俺としたいの?先生も大胆だな。」 「兄さん、『したい』とは、主語に何をしめしているのでしょうか。ぼくはまだみじゅくなので、ぎょうかんが読み取れないのです。」 「明、したいってのはな、せっ… 「そう言えば今日は五月の節句ですね。節句の用意したいんですよね。お兄さんと俺は節句の用意をしてくるんで、君津君はまっててくださいね。」 「はい先生。 なるほど…トイレで節句の準備を…」 君津君はノートを開き、今俺に言われたことを丁寧にメモした。 俺はお兄さんを無理やり引きずりトイレまで連れてくるとほっぺたをむぎゅーっと抓る。 「いたたたた、なぁに先生嫉妬でもしてるわけ?」 「あのなぁ、俺はお前の弟の家庭教師なんだから邪魔すんなよ。」 はぁと溜息をつく俺の肩をお兄さんは抱くと、耳元で囁いた。 「いーじゃん、邪魔くらい。せっかくの休みなのにお前は俺に付き合ってくれないし、弟に取られっぱなしだしさ。」 腰を抱き体を引き寄せられる。 されるがままに身を委ねると、優しく額にキスをされた。頬を手で撫でられ、愛おしそうな視線が俺を射抜く。 「それに先生はBLに興味があるんだろ?なら俺に教えてくれよ、実践で。」 にやつく彼の唇がくっつきそうになったとき、俺はぽそり呟いた。 「お前…寂しがりやだったっけ。」 するとお兄さんは弟と同様目をまんまるく見開くと、歯を見せて笑った。そして、 「ああ、先生限定でね。」 深くて甘いキスを仕掛けてきた。 ぎゅっと抱きしめられたまま互いの肌を感じるように。それは柔らかく、口内まで蕩けるような口づけだった。 俺はぼんやり気持いいなぁと思いながら瞳を閉じたのだ… が。 「ふむふむ。びーえるの一歩ははぷにんぐからと姉から聞いていましたが…これがハプニングというやつですね。先生、じっせんありがとうございます。」 声に気付き視線を向けた先、 左下から俺たちを覗きあげる君津君の姿が、そこにはあった。 俺はキスの途中であったにもかかわらず、驚きのあまり吠え上がる。「うむむむーーー!!」と、濁音の消された叫びはより深く蹂躙してきた舌により舐めとられた。 名残り惜しいと細められたお兄さんの目に、俺は全力で唇を離してくれと訴えかけた。しょうがないなぁと笑って唇を離すお兄さん。 「ぷはっ…あーごちそうさまでした。いいか明、これがBLの一歩だ。よーく覚えとけ。ちなみに先生に何かわからないことがあった場合、今日のこの話をすればなんでも教えてくれるさ。な、せんせい?」 「なるほど…兄さんもやりますね…。あ、先生、とてもいい勉強になりました。今後ともよろしくお願いします。ちなみに先生、びかちゅーは何タイプか知っていますか?」 俺は一生分の驚きを使いきった気分のまま、砂になってしまうのではないかと場にしゃがみ込んだ。 そして頭をかかえたまま、 「びかちゅーは…電気タイプです……。」 密かに聞かれた質問に答えつつ、 (はは…どうしようもねぇな、この兄弟) と苦笑したのだった。 「君津君の悩み?!」 おわり!
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