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三浦康太(みうらこうた)19歳。 職業、ホスト。 源氏名は陵晴翔(みささぎ はると) 趣味、金儲け 特技、男、女どっちでもイケる。 好きなもの、酒、金、セックス、俺、俺の顔、犬。 嫌いなもの、客、オヤジ、ババア、つか、つまらんこの辺の街一帯。纏わりついて来る奴ら基本的に全部ウザい。 ……そんな俺が、恋をした。 それも、男。 それも、出張で東京(こっち)に来てた時に俺が誘ってセックスした相手。 その人の名前は、橋本瑞貴(はしもとみずき)。 俺のファーストキスを奪っていった人。 ノンケで性欲が薄い。 ……なクセにエッチはめちゃめちゃ良くて、ていうか普通に抱かれて感じまくった。 俺はあの日から、瑞貴さんの事が頭から離れない。 だけどあれから一度も、連絡が入らない。 向こうから連絡先聞いといて、酷いと思う。 だから……、会いに行こうと思う。 瑞貴さんに会いに。 今から。 ―腹いたいんでしばらく休みます― 閉店間際の鬱蒼とした店内。領収書の裏に書きなぐった手紙を置いて、晴翔は店を後にした。 あの夜の橋本のキスが、優しい仕草が、晴翔の中の『エッチは気晴らし程度の遊び』という考えを根本から変えてしまった。 橋本に抱かれる自分はまるで彼の恋人のようだった。 やさしく律動を与えられるたび、感じたことのない幸せな気持ちが湧き上がってくる。 19歳にして初めて知ったのだ。 愛を分かち合うセックスの定義を。 仕事がら、いろんな客が晴翔をアフターに誘ってきた。 その全部を断るくらい、彼の与えた体の余韻は晴翔の心に大きな影響を与えていた。 彼からの連絡を待ち続けて一か月。 悶々とした気持ちを手淫に変えて、自分で自分を慰める毎日。 おかげで性欲が溜まりに溜まった。 体が訴えている。 これ以上待つのはもう無理。 瑞貴さんに会いたい!!早く抱かれたいよ〜〜〜!! 俺もう、我慢できない!!………と。 新幹線で約3時間と少し。 早くも夜が明けかけている。 湧き上がる動悸と興奮を原動力に変え、晴翔は意気揚々と携帯を取り出した。 *** 「う"〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」 それほど混んでない、ローカルな駅前。 さっきから入り口前にしゃがみこんで唸ってばかりの晴翔を、朝の通勤客がチラチラと横目で見やる。 ――実は、あれから意を決して通話ボタンを押した。 プル……プルルルルルル……ブチっ!!! 「………」 が、切った。 無意識に指が動いてしまった。 呼び出し音が流れると、本当につながったと驚き、次の瞬間から急に不安になったのだ。 もしかして向こうは自分のことを忘れてるんじゃないかと。 橋本にすれば行きずりの男遊びにすぎなくて、自分なんかがノコノコ電話かけた日には『お前、誰』とあの冷静な声で冷たく返されるんじゃないかと。 突然、そんな不安が降って湧いたように胸中によぎってしまい……。 気が付けば橋本の名前を映し出した画面は、真っ暗に戻っていた。 (な……、なんなんだよ、ワンギリって、おもっきしイタ電じゃん。ただの嫌がらせじゃんか、ああ……アホすぎる、俺。ありえねえっつの……ヘタレかよ、くそ) 夜の帝王が聞いてあきれる。 すっかり弱気になった自分に舌打ちする。 「あーくそ」 ピルルルルル…… 「う、え……ええぇぇぇっ!!」 だからこそ、すぐさま返って来た橋本からのコールは、驚きすぎてすっ転んでしまうくらい、衝撃的なものだった。 「あ……、もしもし」 『何?』 「……あ、えと、い、今どこですか」 『家』 「へえ……」 通話に出ると、あのいたく冷静な声が、軽く一言返って来た。 一月ぶりに会話したのに開口一番「何?」は無いだろと思う一方で、自分の間の抜けた質問具合もどうかと思う。 橋本に会いたいとの気持ちだけが先走ってしまい、ほぼノープランで押しかけてしまったことに、今になってようやく気付いた。 「今日、いい天気ですね。あ、気温低いのに入道雲が出てる」 『……別に用事ないなら切っていい?』 「あ……、あっ、お、俺、そういえば瑞貴さんの家の近くに来てるっていうか! なんつーか偶然、瑞貴さん家って駅から近所なんだよなーって思いだして……」 『………』 う"あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! あほだあほだあほだ!!俺はあほだ! なんでとっととあなたに会いに来ましたくらいの一言がいえないんだよ〜〜〜〜!! ダラダラウジウジ、こんなの俺じゃない。 あーもーヤダ……!! 「あ…あの……」 電話ごしに橋本が黙り込んだことで、泣きそうになる。 普段の自分なら専務や社長クラスの上客たちを下僕のように尻に敷いて我がままの限りをつくしているというのに……。 『お前、こっちに来てんの』 「う……グスッ、はい……」 『俺今日休みだけど、迎えに行っちゃろうか』 「う……グズッ、うぁい……ヒック……」 『もしかして迷子になってんのか』 「う……ちが……グスッ……」 『まあ待ってろ』 まるで子ども扱いしたような橋本の喋り。 それでも嬉しい、すごく嬉しい。 彼はまるで、こうして欲しいと願う自分の欲求を、手に取るように汲み取ってくれる。 さりげないやさしさに胸がキュンとなる。 (瑞貴さんに会える……う…うれじい……グスッ……) 瑞貴さんに会える……。 ドキドキといたたまれない位、胸が高鳴った。 グシっと涙を拭き、しばらく駅の前でしゃがみこんでは立ち上がり、ソワソワと動き回る。 植木に上がって回りを見渡し、キョロキョロと周囲に目を向ける。 どこから現れるのか分からない橋本を想い、あっちこっちを見れば見る程、見知らぬ男やらオッサンやらと目が合う。 109のニットパーカーに赤色のブルゾン。腰のあたりで緩めに穿(は)いた黒とカーキのチェックデニムを、紺色のレースアップブーツで合わせている。 極めつけは何とも愛らしい晴翔(はると)の美貌。肩あたりまで伸びたアッシュグレーの染めたての髪を、仕事帰りそのまま、ふんわりと風になびかせているのだ。 悪戯な天使の残した子憎たらしいほど愛嬌のある目元、長い睫毛。もともと色白なうえに寒さにほんのり頬をピンクに染めた晴翔には、このとき言い知れぬ色気が漂っていた。 穏やかな田舎の街に、小奇麗な、男とも女とも見分けがつかない美少年が徘徊している。 朝の通勤ラッシュと重なり、「あの綺麗な子は何だ」とばかりに通勤がけのサラリーマンの視線は晴翔に釘づけになっていた。 『うぜぇキモイ。何見てんのど変態。失せろ』 と、いつもの晴翔なら躊躇(ちゅうちょ)なく返していたことだろう。 橋本に会えると、脳内をピンク色に染めてさえいなければ。 やがて、駅前の噴水前で座り込んでいた晴翔の後ろから、肩をポンポンと叩かれる。 ドッキュン!! 心臓が高鳴った。 橋本を想い、恋する乙女のような愛らしい表情のまま、肩に置かれた手をそっと握り、いきおいよく振り向いた。 瑞貴さぁーん!会いたかったよ〜〜〜! 「ちょ……マジで晴翔チャンじゃんか〜!どしたの、俺に会いに来たん?」 「は……」 そこにいたのは見覚えの無い30代くらいの茶髪男。 てっきり橋本だと勘違いしていた晴翔は、満面の笑みを浮かべて、もう少しで男に抱きつく寸前だった。 寸での所で動きは喰い止めたものの、晴翔の見せる愛らしい表情にすっかり勘違いしたのか、男は鼻の下を伸ばしきって「ハルちゃ〜ん」と抱きついて来たのだ。 「は、何!?なにお前!?キモイんだよ!退けやボケ!!」 なんだコイツ!?もしかして店の客!? はあ!? なんでこんなトコに居んの!! 突然抱きつかれたことと、橋本だと思ったばっかりに無駄にときめかされ、紛らわしく後ろから声なんてかけてくんじゃねえ!と怒りが倍に膨れ上がる。 「俺が地方からあの店に通ってたこと、覚えててくれたんだね。嬉しいよハルちゃんっ!!」 アホ!!ボケ!!キモイ離れろ!!を連発してゲシゲシと足蹴にするにも関わらず、男は更にぎゅううっと晴翔を抱きしめた。 ………と、男が覆いかぶさってきたとき。丁度真向いから、橋本が現れたのだ。 紺色のパーカーに両手を突っ込んで、ゆるりと歩く足取りが、目の前の光景を見て立ち止まった。 唖然とした顔で男に抱きつかれる晴翔を見るのは、まさしくこの一か月間、何度も頭のなかで思い描いていた橋本瑞貴に間違いなかった。 (ぎゃ――――!!) 彼はしばらく驚いたように晴翔と男を見ていたが、 「なんだ、連れの人見つかったの。良かったじゃん迷子にならなくて」 とだけ返し、踵を返すと、来た道を帰って行く……。 「は、え!? ちょ……ち、ちがうっ!コイツは知らなくて……、瑞貴さん、ちがぁぁぁう!!」 「ハルちゃん、近くにホテルあるし、久しぶりにエッチしよっ。ハアハア……俺、たっぷり奉仕してあげちゃう」 「やだやだやだ瑞貴さん帰んないで!俺は瑞貴さんに……」 「ハルちゃ〜んおいで〜」 なんでぇ!? なんでこうなんのー!? 俺、ずっとずっと瑞貴さんに会いたかったのに! どうして帰っちゃうのー!? 「ひっ……みずきしゃ……ばかぁぁぁー!」 晴翔から漂う只ならぬ色気に最早メロメロにやられてしまっている男は、雄の本能にバッチリ目覚めてしまったようだ。華奢な晴翔では抵抗できない程の強引な力でグイグイと人気のない道へと引っ張って行く。 男は、地元で細々と活動するしがないミュージシャン。東京のライブハウス回りをしていた時に、晴翔の務めるホストクラブにふらりと立ち寄ったのが始まりだった。 それからというもの、何かと理由を付けて通っては、アフターでお持ち帰りし、晴翔も合意のもとでふしだらな関係になっていたのだが、晴翔からすれば、数あるうちの『財布』の一人にすぎない。 彼の注文したボトルの名前を聞けば少しは思い当たる節も出て来るかもしれないが……。 自分でまいた種とはいえ、よりによって今日、この場所で遭遇してしまったことは不運としか言いようがなかった。 強引に引き摺られるうちに悲しくなってくる。 自分の不運さに。 そして、すぐさま踵をかえして立ち去った橋本の冷たさに。 瑞貴さんはやっぱり、俺のことなんてなんとも思ってないんだ。 俺が……、迷子だと思ったから。 電話がかかってきたから仕方なく……、来てくれただけなんだ。 「ふえ……ふえぇん……ヒック……みずきしゃ……の、ばか……」 あんなセックスして、ファーストキスまで奪われて、すっかり本気になっちゃったのって、俺だけだったんだ。 こうなると、もうどうにでもなれとヤケクソに思い始める。 橋本を追いかけてここまで来たが、思いもよらない追い打ちに、晴翔の心はすっかりくじけきってしまっていた。 それに比べて晴翔の手を引く男は、意気揚々と足取りも軽い。 この際、失恋記念にコイツに抱かれてしまおうか……。 あれだけ抵抗を見せていた晴翔の足取りは、やがて無抵抗に引っ張られるがままに動いていく……。 「コウタ」 掠れた溜息を吐くくたびれた背中から、気怠い声が被さって来たのはそんな時。 「やっぱおいで。なんかお前、嫌そう」 「ふえ……」 しゃくり声を上げて『みずきしゃんのばか〜』と泣いていた晴翔の体は、突然後ろから伸びた黒いパーカーの男の腕に抱きしめられた。 服から煙草の匂いが漂う。あの夜、彼が吸っていたのと同じマルボロだ。 ほろ苦い香りが、腕と一緒に晴翔をやさしく包み込んだ。 「何だお前!!」と掴みかかってくる男の腕を捻りあげ、橋本が何やらボソリと耳元で呟くと、男はみるみる血相を変えて逃げて行った。 晴翔はというと、未だしゃくり泣きが止まらない。 後ろから聞こえる声が橋本のものだという事に。 彼が、自分を追いかけて助けてくれたという事実が、未だに信じられずにいるのだ。 「ひっ……う……っグスッ……」 瑞貴しゃん……瑞貴しゃん……みずきしゃ……。 潤ってユラユラと涙で揺れる目を上にあげる。 この一か月、会いたくて会いたくてたまらなかった、橋本瑞貴の顔を、おぼつか無い瞳で、じっと見る。 橋本は、あきれ果てた顔で、晴翔を見下ろしていた。 「お前……一体何しに来たの?」 またしても冷徹な返しに、今度こそ大声を上げて大泣きしまくった。 『瑞貴しゃんのばか』と心の中で何度も叫んで。 *** 意外と小奇麗なアパート二階の角部屋。 カードキーを差し込みロックを外すと、「ほらよ」と中に通された。 煙草の匂いが充満してるだろうと思っていた室内は、玄関に入りたてから仄かに甘いシトラスの芳香が柔く鼻腔をかすめたことで、以外だと思った。 「う……お、お邪魔します……」 さっきまで泣いて泣いて泣き尽くしてたせいで何処となく恥ずかしい。 ようやく冷静になってくると、自分のヘタレ具合がどうにも如実で、晴翔は大人しく部屋の中に入った。 必要なもの以外は置いてない、黒が基調の至ってシンプルな部屋。スリッパも一つ、キッチンは使用してないのか、まな板すら見えない。 10畳ほどのワンルームにベットと部屋の真ん中に黒いローテーブル。グレーとブラックの布団セットに枕が一つ、一人掛け用のソファがテレビと真向いにある。 この部屋に、橋本以外の誰かの生活感はない。いわゆる男の一人部屋。 実はあの時橋本の言っていた『アイツ』なる人物の事が気がかりでならなかった。 ぐるりと見渡してみたものの、誰かと同居している気配は無い。『アイツ』らしき人物の写真なども無い。 (アイツさん、瑞貴さんの恋人じゃなかったのかな。……良かった) 晴翔は小さく、安堵の溜息を吐いた。 「コーヒーでいいかー?」 と、一人用のドリップを早くも広げながら橋本が言う。 「あ、もしかして苦いの嫌い?」 「えと……、ミルクと砂糖があれば」 「何個―?」 「え、と砂糖は5個くらい。ミルクはできるだけ多くが好きかも」 「はあ?それカフェオレじゃん」 ガキだねぇ、と笑いながら頭を撫でられた。 撫でられたところに一気に血液が溜まり硬直する。手が離れてからも、髪に残る橋本の余韻を懸命に探す自分がいる。 (ヤバい……。何で俺、こんなに緊張してんの) ギュッと握った拳は、さっきからの緊張で汗ばんだまま。 密室で、しかも橋本の部屋で二人きり。顔を左に向ければ、夢にまでみた橋本の顔がそこにある。 煙草を吸っていたときのように、少し顔を傾けてドリップを淹れている。しばらくして隣のキッチンから、香ばしい香りが漂ってきた。 やんちゃなイメージの見える晴翔と違い、黒髪にスッキリとした短髪の橋本は、何をしていても大人のゆとりが見える。そんな年上の男の横顔を、晴翔は胸を高鳴らせながら見つめていた。 「ん」 「ども……」 橋本は、どこか他の男と違う。 自分を特別扱いしようとしない。 店にやってくる客のように、自分の顔や体をジロジロと舐めまわすように見ることもしない。 至って自然な振る舞いは、晴翔にすれば年上の余裕のようにも見え、憧れとも理想ともつかない不思議な感情に胸いっぱいを苛まれるのだ。 さっきから、上手く話せない。頬が上気して、体が熱っぽくてしかたない。 甘ったるいコーヒーを含むと、その熱は倍になって体の中を駆け巡った。 「美味い?」 コクリ、と喉が鳴る。 「……ん。甘くて丁度いい」 「ふーん」 「………」 しばらく沈黙が流れる。 マグカップを両手で持ってないと、緊張で手が震えて落としてしまいそうだった。 「………」 ――コクリ。 口の中に広がった甘いミルク菓子のような液体が、静かに喉奥に溶け込んで行く。 ……どうして橋本はなにも話さないのだろう。 そう思いつつも、自分好みの甘さのコーヒーが余りにおいしく、もう一口含んだ。 橋本が作っていたドリップは、スーパーならどこでも手に入る、至って普通のもの。 ――きっと、瑞貴さんの家で飲んでるから特別に感じるんだ。 普通のコーヒーが、これまでに味わったことのない、特別な味に変化する。 (不思議だ……) 「……おいしい、すごく」 コーヒーを啜る音だけが静かに聞こえる。 独り言のような晴翔の声にも、橋本は何も言葉を返して来ない。 (どうしたのかな?) 不思議に思って顔を上げた途端、晴翔の心臓は痛いくらいに飛び跳ねた。 橋本は自分のコーヒーには手を付けず、頬杖をついたままジッとこっちを見つめていたのだ。 何かを考えているのか、晴翔の顔をずっと覗き込んでいる。至って冷静な、あの顔で。 (な、なに……) 急にバクバクと鼓動が波打ち始める。 体の中から鼓膜(こまく)に届くくらい、心臓から激しく血液が行き交う音が聞こえた。 マグカップは、もはや両手で持っていても小刻みに震え始める。 ついさっき、甘い甘いコーヒーを飲んだばかりの晴翔の唇。 プックリと柔らかそうな桃色のそれに指をはわせた橋本は、指先を無言でなぞらせた。 人差し指が柔らかな下唇にふにゅりとくいこみ、形が変わる。 「なんかさぁ……」 何かを言いかけた橋本の声が、同時に離された指先に変わり、晴翔の唇に柔らかな余韻を与える。 やさしく押し付けられた唇の感触に、晴翔の心臓は更に強く高鳴った。 「なんか、可愛いね、お前」 震えて止まらなくなった手を包まれ、マグカップがテーブルに戻される。 手首を持ち、左手は背中に添えられて。泣きそうでたまらない言葉を残した橋本の唇が、ふたたび晴翔に重なった。 「瑞貴さ……」 糖度の高い恋心に浮かされた美少年の体が、静かにフローリングに横たえられる。 晴翔の口内に舌を差し込み一度歯型を辿ると、「甘い」と一言呟いた。 「ん……ふ、う……」 早くも目がトロンと垂れ下がった晴翔が、たまらず溜息をもらす。 押し倒してキスをしてきた橋本が、甘い唾液を吸い取ったばかりの舌で首筋を舐めはじめたのだ。 ちゅっとリップ音を上げて吸い付かれるたび、橋本の感触をつぶさに感じて声が出る。 服の裾から手が入り込み、腹部を渡り、二つの赤い花弁を指先で弄り始めた。 「ふ、ぁん……っ」 震えが止まらなくなった体は、背中をめいっぱい弓なりに反らして大きく痙攣した。 「お前、今日はちゃんと受け取れよ」 「え……?」 顔を上げるとキスされる。ん……っと息苦しくなると同時に胸がきゅるんと音をたてた。 「料金。あの時受け取らなかっただろ。あの日のこと、店長に怒られたのか?」 「え……」 ちょっと……、まって。 料金て……。 「な、なんのこと?」 「何って、あの時のエッチの代金。俺から巻き上げて来いって命令されてきたんじゃないの?」 「えっ……ええっ!?」 ピンク色に染まり始めた脳内が、一気に青ざめる。 ざざあーっと音を立てて……。 ふいに持ち出した話の内容は、それまで感じていた橋本のキスや愛撫を、なにもかもぐちゃぐちゃに崩して消し去ってしまうほどのショッキングなものだった。 「う……ぐす……っ」 さっきのあれは、そして今の行為は……、瑞貴さんが望んで俺にしてきたものじゃないの……? 俺が……、金返せって言ってくると思って? 「う……えっ、えっ……ふえ……」 じゃあ、本心からキスしたいって思ってしてくれたんじゃ、ないの……? 俺のこと、抱きたいから……、押し倒したんじゃないの? ひ、ひどい。 ひどすぎるっ。 「馬鹿、こんな時に泣くな。話なら聞いてやるよ?」 「う……っ、えぐっ……か、帰る……!」 「はあ?」 そりゃあ、最初に騙したのは俺だ。 俺が、一晩誰かに買ってもらわないと怒られるからって言って……、だまして瑞貴さんをホテルに誘ったんだ。 だ、だってその時はまだ遊びだったし。 こんなに瑞貴さんの事が好きになっちゃうなんて……、思わなかったんだから。 「……さよなら、もう来ない」 だけど、今はちがう。 もう遊びでセックスなんてできない。 瑞貴さんとしか、こんな気持ちになれないのに。 俺に変に優しくして、可愛いねって言ってくれて……。 だけど結局俺はこの人に何とも思われて無かったんだ。 お金で体の関係を持とうとしてただけなんだ。 「ちょい待て。どうしたの急に、意味分かんねえ」 「う……っ、ばかあ!!」 これまでちやほやとしかされた事のない晴翔にとって、あのタイミングでの橋本の言葉は酷く傷つくものになってしまった。 あの男から自分を助けてくれた時点で、心のどこかで思っていたのだ。 もしかしたら、瑞貴さんも、自分の事を好きでいてくれてるんじゃないかと。 さらに部屋に呼ばれ、二人きり。 橋本は自分をみつめ、可愛いとキスしてくれた。 あんなことになった矢先に、あっという間に地獄へ突き落されたのだ。 あれだけ心をときめかせていた自分が、とてもみじめに思えてくる。 今すぐにでも橋本の部屋を出て行ってしまいたかった。 「待てって」 なのに、ドアノブを掴もうとする晴翔の腕を、「待て」と追いかけて来た橋本が静止する。 「いやだ!離せ!」 華奢な晴翔では力の差が歴然としている。抵抗も虚しく、ひきよせられるがまま、相手の胸の中に入れられる他なかった。 暴れる晴翔を強引に胸の中に入れると、なだめるように頭を優しく撫でる。 そんな事をされると、ますます涙が出てきてしまう。 「何怒ってんの、お前」 「……うく……、うるさ……」 「何で泣いてんの」 「……みずきさ……て、きらい……う……っきらい……!」 「コウタ」 両手で顔を挟まれて持ち上げられる。 目を上げた先には、とても戸惑った顔の橋本が、自分の泣き顔を覗き込んでいる。 どうして彼がそんな表情をする必要があるのか。 傷つけられたのは俺の方なのに、と唇を噛んだ。 「黙ってたらわかんないから。俺も今日一日お前に混乱させられっぱなし。なに、あの日の事が理由じゃないの?だったら、お前がわざわざこっちに来た理由って何?」 「……ぃたか……っ」 「え?」 俺ってそんなに魅力ない……? お金目当てだって思われるくらい……、俺ってそんなに軽く見られちゃうのかな。 「瑞貴さんに……、会いたか……っ……」 「……え?」 「もういちど、……瑞貴さ…にっ、会いたかった……だけな……にっ」 俺はこの一か月、瑞貴さんからの連絡を心待ちにしてて、会いたくて会いたくて仕方なくて、それで勇気だして……、 「馬鹿じゃないの、お前」 晴翔の心の声に被さってきたものは、呆れたような橋本の声と、さらに力強く抱きしめる二の腕。 「そういう大事なことはもっと先に言え」 ほろ苦い溜息が吐き出され、晴翔の頭を撫でる手が、もっともっとやさしくなる。 ポンポンと、心地いい振動を与え、柔らかいアッシュグレーの髪の間に、男の指が時おり絡まった。 いくつも流れる涙を拭かれ、「泣くなよ」と優しい猫なで声で言われると、悔しくも、晴翔の胸はもう一度きゅるんと切なく音をだした。 「お前、俺に会いたかったんか」 「う……っ」 声にならないかわりに、コクンと小さく頷いた。 「そんで、わざわざこっちまで来たんか?」 「グズッ、うえっぐ……」 もう言葉にならなくて、ただただ頷くしかない。 「お前……、やっぱ可愛いね」 ぎゅっと抱きしめられて、出て行きかけたドアを背中にもたれかかる。橋本は可愛いものを愛でる時のような顔をしている。 そのまま時間をかけて、ゆっくりと唇を塞がれた。 しょっぱい、涙混じりの晴翔の唇が、もう一度彼のものになる。 これまで、大事な人のために置いて来た、自分のファーストキス。 それごと奪い去った相手は、淡泊主義者で、いつだって冷静さを失わない橋本瑞貴。 キスだけじゃなく、心まで奪われて、会いたくてたまらなくて……。 「……っ、みずきさ……」 恋って、こんなに誰かを恋しく思ったり胸を焦がしたり、悲しかったりするものなんだって事を、この一か月間で嫌と言うほど知った。 一回り以上離れた客たちを下僕のように扱って来た晴翔。そんな自分が、こんなに弱く、すぐに泣き出すヘタレだったなんてことも、恋をするまで気付かなかった。 「明日送っちゃるから、今日は泊まってけ。こっち戻っといで」 「みずきしゃ……」 好きで好きでたまらない。 哀しくっても、悔しくっても。 橋本の服に残った煙草の匂いを吸い込み、ぎゅうっと抱きついた。 瑞貴しゃんのばか。 瑞貴しゃんのばか……。 大好き……。 *** ベランダに寄りかかりフウと吸い込んだ息を吐き出すと、白い煙も景色のなかを漂っていく。 一服しつつ、部屋の中で裸のままベットに居る、晴翔の寝顔を見る。 「なぁんか、興奮しちったなあ」 あれから部屋に戻り、橋本はすぐさま晴翔を抱いた。 せがまれたわけではない。 自分に好意を抱いていることを知った時から、彼を抱いてやりたいという欲求が、珍しくも湧き上がってきたのだ。 「……遊びだと思ってたんだけどなぁ」 最初は男同士とはどういうもんかという興味本位から始まった晴翔との関係。 それが抱いてみると、小さく華奢な少年は、まるで壊れ物のように繊細で愛らしかった。 男同士って、もうちっとむさ苦しいもんかと思ったんだけどなあ、と吸い上げた吐息を吐き出す。 出会ったときから、可愛らしいと思っていた。体を重ねるうちに情がわいてきて、なんとなく連絡先も聞いてみたものの、よく考えれば、彼は男性と体を重ねる事を本業としている、いわゆる男娼だ。 内心、本気で恋人を抱いてる気分になりつつあったが、こうして自分に感じて悶えてる晴翔は、仕事のための演技なのだろうという考えがどこかにあった。 まさか彼の方も、自分に好意を持ってるとは思わなかったのだ。 「可愛いな、アイツ……」 何となく、同僚の三浦に熱を上げる水鳥課長の気持ちが分からなくもない。 男だとかどうとかの前に、晴翔の愛らしさが自分の好みにどストライクなのだ。 『コウタの泣き顔は、やたらとクセになる』らしい。 ベットの上ですやすやと眠る美少年を見やり、えげつないねえとごちる。 (……アイツ、若いしな。俺なんかすぐに飽きられんだろうな) 自分を好きだと言ってくれてる美少年も、いつかは愛想をつかして離れていくのだろうか。 橋本は知らないのだ。晴翔の初恋の相手が、自分だということに。 心の中で、瑞貴さんこそ自分の運命の人と固く心に誓っていることを、この時の彼は知る由もない。 (でも、可愛いんだよねえ) 自分でも驚く。 誰かを愛しいと思う感情は、一体何年ぶりだろうか。 「……ま、当たって砕けますか」 寝ぼけ眼(まなこ)の晴翔に「俺と付き合って」と告白し、晴翔が飛び上がるほど泣いて喜ぶのは……、あと数時間後くらいの話。 END *HP「初恋妄想」作品内にて、続き公開です。
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