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特に理由なんて無かった。 何にも問題なく、俺たちの関係は続いていたと思う。 浮気も無い。 もちろん好きだったし、同性同士ってことに偏見も無かった。 外でカップルとして堂々と一緒に居ることが出来ないという状況を除けば、俺たちの関係は普通のカップルと同じように過ごしていたと思う。 まぁ俺自身は女の子と付き合ったことないから、普通のカップルっていっても一般的なイメージとしてしか知らないわけだけれども。 「別れたいってなんだよ」 キリッとした目がより細められる。 冗談でも許さないって雰囲気。 でも残念、冗談じゃないんだよね。 「そのままの意味だけど」 言い切る前にガッと壁に押しつけられる。 顔が近い。 こんな時だが、改めてこいつはかっこいいと思う。 怒りで歪んだ顔は、獰猛的でより男らしく見えた。 こんなかっこいい男となんで別れたいと思ったんだ、俺。 「痛っ…、女の子なら泣いてるとこよ…」 俺は壁に打ち付けた頭を守るようにしゃがみこんだ。 「お前が変なこと言うからだろうが」 ああ、怒ってる。 「ごめん」 勝手なことを言ったのは俺だ。 だからとことん謝ろう。 こいつが待ち合わせ場所にくるまでの間、俺が考えていたのはそんなことだ。 こいつに落ち度は何にも無かった。 俺が一方的に、ただのわがままでお前と別れたいんだってことを伝えるには謝るしかないと思っていた。 「ごめん」 こいつが無言のまま突っ立っているもんだから、もう一度言う。 俺のわがままで、君を傷つけてごめん。 「謝るんじゃねぇ」 思ったより近くで声が聞こえたもんだから、俺はびっくりしてうつ向いていた顔をあげた。 見下ろしているとばかり思っていた顔は、目の前から俺を見ていた。 「分かったよ」 俺は言葉を失った。 怒っているとばかり思っていたこいつが、悲しそうな顔をしていたから。 ああ。 「別れよう」 なんでこいつは、こんなに優しいんだろう。 俺はその優しさをだいぶ前から知っていたはずなのに、それをなぜ今思い出したんだろう。 こいつはいつも俺が何か求めていると、それよりも多く与えてくれる存在だった。 一緒にいて、なんにも不自由がなくて。 一番始めにもいったが、俺たちには何も問題は無かった。 そう。 何もなかったのだ。 こいつはもう触れてこない。 当たり前だ。 俺たちは、もう別れたんだから。 「おい」 さっきまでとはちょっと違う声のトーン。 変化を望んだのは自分なのに、その少しの差に落胆する。 「なんで別れたいっつったお前が泣いてんだよ」 「え」 とっさに頬に手のひらを当てると、確かに濡れていて。 「え、え」 泣いていると自覚したらもう止められなくて、俺はわんわん泣いた。 こいつは目の前から動かない。何にも言わず、ただ俺を見ていた。 「っぐ、ぅ」 鼻水まで出てきて、俺の顔面はもうぐちゃぐちゃだった。 言わなければいけない。 こいつが去る前に、まだ目の前にいるうちに。 「ありがと、う」 大好きでした、とは敢えて言わなかったけどこいつにはバレているんだろう。 こいつはカンが良くて、たまにはムカつくぐらいに言い当てられたことを思い出す。 色々なことを思い出した。 癖とか変な習慣とか。 コーヒーは砂糖をいれないと絶対に飲めないとか。 当たり前になり過ぎて、最近認識すらしていなかった沢山のことを。 「ふはっ」 堪えきれないというこいつの笑いに、次は絶対こう言うだろうと確信する。 「ほんとにバカだなぁお前」 俺はこのために別れたのだと改めて認識した。 忘れかけていたことを、もう一度思い出したかったのだ。 変わったのは、そう言いながら撫でてくれる手の感覚が無いこと。 その感覚と引き替えに、俺は亡くした君を取り返したのだ。 (改めまして、好きです。) 浮気とかで別れるよりも、うまくいきすぎているカップルが、うまくいきすぎているのが原因で別れる方が自然ってコラムを読んでからずっと疑問に思ってたんだけど未だになぞです。
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