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『オーロラの夢』 気づいたときには、雪原にいた。 夜。僕以外周りには誰もいない。 そして、広い。 ここはどこだろう。僕は歩き出した。 ズボッズボッ 歩くたびに足が雪に埋まって、ズボッズボッズボッ・・・ ああ、なんだ。 ここがどこだか分かった。 僕がかつて通っていた小学校だ。 ・・・夜に見る小学校って、初めて。 まるで眠っているマンモスが、静かにそこに佇んでいるようだった。 ズボッ・・・あれ? 少し離れた所に、何か黒くて大きな物体がある。 何あれ。さっきまであんなもの、あったっけ? 更に近づくと、そのものの正体が分かった。 車だ・・・。昔、うちのお母さんが乗ってたシルバーの軽。今は違う車だけど。 でもなんでこんな所に? 開くかな? 開かない・・・ 『ねえ』 え?何? 何今の声? 『僕だよ。分かるでしょ?』 え・・・もしかしてこの車喋ってる? その声は不思議なことに、耳を通じて聴く、というよりは、直接脳に響くような感じだった。って言って分かるかな。 『久しぶり。元気にしてた?』 これが車の台詞だとしたら、随分と能天気な車だな、と思った。言葉の端々に悪意は感じられなかったから、思わず 「うん、まあ」と返した。 『まあ、座りなよ』 「うん・・・って、雪の上に?」 どうせ席があるんなら車内に座りたいな。雪の上で座るなんてやだよ。 「なんでここにいるの?」 『見てほら。空が綺麗だよ』 「無視?」 僕も空を見上げた・・・あぁ・・・ オーロラ、だ エメラルドグリーンの大きなカーテンの中で、時々赤や黄色に変わるところがあって綺麗だ。いつも見えていた退屈な星空を忘れてしまうくらい美しい・・・。 カーテンの裾が揺れるたび、僕の心の何かも揺れた。こんな芸当、現実のちっぽけな星なんかにはできっこない。 この車は、この景色を見せたかったんだな、と思った。 『ね、綺麗でしょ?』 「うん、凄いね・・・」もっと気の利いた感想が言えればいいのにな。写真で見るオーロラは「綺麗」で済むのに、直に見るオーロラは「非現実」だった。 『ねえねえ、小学校三年生のときに、遊戯王のレアカードなくして、大泣きしたこと覚えてる?』 「え、何それ・・・」 でも・・・確かそんなことあったかも。 『実はね、この車のダッシュボードの中にあったんだよ?』 「え、そうなの?」 『うん。ほんとは教えてあげたかったけど、僕普段は喋れないから』 「そっか・・・じゃあ、中に入れて?」 『それは無理』 「何でさ」 『そういう決まりだから。それに過去に失ったものは、もう取り戻せないから』 「え〜」 『でもね、思い出せただけでも、充分価値があるんだよ?』 「意味ないじゃん」 『こんな寒い日に涙を流すと、涙が凍っちゃうんだよ?』 「ほんとに?」 『ほんとほんと。おしっこすると、おしっこまで氷になっちゃうんだよ』 「嘘だあ。じゃあ試してみよっかな」 『知らないよ?大事なあそこまで凍って、女の子になっちゃうよ?』 「え〜やだ〜」 「でもさぁ・・・」 「何?」 「涙でできた宝石って、見た目はどうであれとっても綺麗なんだろうね・・・」 「そうなのかな・・・。ただの塩辛い氷だと思うけど」 それからどれくらいの間話してたのだろうか。 その車は、なんていうか、従兄弟のお兄ちゃんみたいな雰囲気だった。滅多に会うことがない分、何でも包み隠さず話せる感じ。 オーロラを眺めながら、思い思いに会話をする、少年と車。オーロラなんかよりも、ずっと変な画だ。 会話をしていて二つのことに気づいた。 一つは、全く寒さを感じないこと。 もう一つは、僕が少しだけ幼くなってたこと。 本来なら僕は今高校生くらいのはず。それが今は小学校高学年くらいだ。 あれ・・・っていうか これ、夢じゃん ・・・ バシッ 何かが肩にぶつかった。 雪玉だ。 「ねえ、なんか今雪玉飛んできたんだけど」 『そっか・・・じゃあ、車の中に入って』 「え?入れるの?」なーんだ。じゃあ遊戯王のカードも持って帰れるね。 僕は後部座席に座った。 バシッバシッバシッバシッバシッバシッバシッバシッ 雪玉の当たる数は、次第に増えていった。不思議だ。雪玉投げる人いないのに。 段々怖くなってきた。 「ねえ、大丈夫なの?」 『・・・』 車体全体に雪玉がぶつかってるみたいだ。窓からはもう外の景色が見えない。 バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ ついに車体が揺れだした。怖い。 バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ 「聞いてる!?なんか言ってよ!!」 『・・・』 バシバシバシ・・・ 音が止んだ。 途端に車内いっぱいに白い光が満たされていって・・・ 「う・・・わ・・・」何も見えなくなった。 さっきまでの風景に戻っていた。 いや、少しだけ違っている。 車が、喋らない。僕が、高校生に元通り。 車から降りた。 ああ、あとこれも違った。 空を見上げると、綺麗な星空。 さっきまでは見えなかったはずの星が、漆黒の空に瞬いている・・・。 普通に綺麗な夜空。それなのに・・・ 僕は泣いた。 僕は悟ったのだ。それまで見えていたものが見えなくなったことで「夢」から覚めてしまったのだと。 僕は恐怖したのだ。それまで見えていたものが見えなくなってしまうやるせなさに。 だから、泣いた。大声で泣いた。 何カラットもしそうな宝石を、ばら撒きながら。
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