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図書室の空気が一瞬揺れて、緒方真司は本から顔を上げた。 背もたれ代わりの本棚からずり落ちて腰が痛かったのでついでに体勢も立て直すとカーペットに跡が残った。曲げっぱなしだった膝がばきっと小気味のいい音を立てる。 以前は自身の世界に没頭したが最後、誰が何をしていようと対象物を取りあげられるまで集中力が途切れることはなかったのに。 これが恋か。 他人事のように胸の内で呟き、再び文字列へ視線を戻すもうまく入り込めない。 厄介だ。告白されて絆されて、一時の感情に身を任せるのもいいかなんて思っていたら、いつのまにか「一時」ではなくなっている。 心臓の音が高鳴っていく。もう読書どころではない。あいつが上履きを脱ぐ音にすら胸の奥が締め付けられる。 「真司、愛してるよ」 真司が本の世界にいると信じ切っているあいつが人魚座りでそっと囁いてくる。 馬鹿。こっちの意識が全部お前に向いているときに言え。もう、お前の片想いではないのだから。 心の中で毒づきつつ表面上は反応せずにいると、あいつは想いを堪えるように溜め息を吐いて体操座りをする。 「ねえ真司。愛してるよ」 それはずっと同性に囲まれて育ってきたからだ。 いつかこの学園の外に出て異性と出会ったら俺のことなんてどうでもよくなる。 いや、出るまでもない。同性だって、もっと他のまともな奴がいくらでもいる。なんで俺なんか。 頬に感じるあいつの温かい眼差しがくすぐったい。 「……ごめんね」 ふいに告げられた謝罪にページを捲る手が滑った。しかしあいつは気がついていない。 「お前、いい加減にしろよ」 上の空で文字列を追ったまま苛立ちを隠せずに吐いた言葉は思ったよりも怒気を孕んでいて、真司は笑ってしまった。 なんだ。 ちゃんと俺は今、あいつが好きなんだ。 誰にも渡したくないと思うくらいには。 他人事ではなく紙の上の出来事でもなく真司はあいつが好きだ。 気恥ずかしさを押し込め、あいつの瞳を射て真司はゆっくりと言葉を吐息に乗せる。 「俺に愛されてるって自惚れろ」 あいつはいつもより少しだけ目を見開いた。 それが徐々に細くなり、三日月を形作る。 「ありがとう。愛してるよ、真司」 優しさを紡ぎ、緩く引き結ばれた唇を自身の唇で塞ぐべきか。 図書室に積まれた大量の本に、その答えはない。 おわり
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