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「あな……」 佐和があなた、という前に怜央が口火を切る。 「アンタ何者?すげぇなさっきの目。それに移動早ぇ……。おっと俺の方が年下っぽいのに敬語忘れてましたねすいません」 「そこ……!?」 即座に突っ込んできた佐和の目はまだ僅かながらにどこか人間のそれとは少し違う気がしたが、不思議と怜央に恐怖感は湧かなかった。 「と、とりあえず見たんですね……。こうなったらあなたの記憶を弄らせて……」 「ていうか倒れてるヤツ、大丈夫なんですか?もしかして殺したとか?」 「殺してません!」 強く言い返してきた後に佐和はハッとなり口を押さえる。そしてため息をついた後に「ちょっと来てください」と怜央の手をひっぱってきた。 そして倒れている相手をそのままに公園から早歩きで遠ざかる。 「ちょ、何でそんな急いで……」 「急ぎもします。先程の相手が目を覚ます前に離れておきたい。でもあなたの記憶を弄るには少し時間がいるし先程の人間が気になるしでとりあえず離れるしか思いつきませんでした」 相変わらずビジネス街のせいか、夜中に歩いているモノ好きはほぼ自分達以外は居ないようである。 「とはいえ結局あなたに見られた。ほんと油断出来ませんね……」 ひたすらひっぱられるようにして歩き、人気のないビルの影でようやく立ち止まると佐和が真剣な表情をして怜央を見てきた。 「その表情も良いけどもっとなじるような目つきの方が嬉しいんですが」 「……は?先程からあなたの反応が理解出来ませんが、怖がられて叫ばれるよりははるかにマシですね……。では記憶を……」 「え、無くしちゃうんです!?」 「当たり前です」 怜央の様子に呆れたように言い返しながら、佐和はまた不思議な目になった。そして怜央の額にそっと指先を触れてきた。 ああ、もっと出来れば弄って欲しい、などとずれた事を思いつつも怜央は先程見た記憶が無くなるのを少々残念に思う。 「……ん?」 何故か不可解そうな佐和の声を聞いた。 「ってちょ、待って!まさか俺と先生という出会いすら記憶から無くしませんよね!?歯の治療は今後もありますよね!?」 「は!?あなた本当に……って、え……?歯の、ち、りょう……?」 不可解そうだった佐和が更に怪訝な表情を浮かべた。 「ええー?俺の事覚えてくれてなかったんですね。ほんの数日前に歯を削って仮詰めしてもらった槇村ですよー」 「……ぁ」 佐和の口から何とも判断し難い声が漏れた。 どうしたんだと怜央が首を傾げて佐和を見ると「最悪……」と呟かれた。 「最悪だなんて酷い。でももっと罵ってほし……」 「ちょっと黙ってもらえませんか」 「喜んで」 嬉しそうに怜央が言うとため息をつかれた。 そしてその後、その場に留まっていたら怪しいのでという佐和と一緒に歩きながら怜央は話を聞いた。 「先程の相手は殺したのではありません……ただ、ほんの少し、精力をいただいていました」 「精力?何かエロいな」 「余計なひと言は不要です。俺はこの世界では人間の血や体液、もしくは最悪精力を摂取しないと生きていけません」 どこか引いたような目で見られ、むしろありがたがっていた怜央はハッとなった。 「俺?俺って言いました?僕じゃないんですか?」 「そこ?!先程からあなたが気になるポイントが理解出来ません。歯科医をしている時には僕と言いますが、それ、必要な事なんですか?」 「俺的に」 「……。俺の存在が気にならないんですか?」 更に呆れたように言われ、怜央はニッコリと笑いかけた。 「そりゃまあ気になるからこうして話、聞いてますよ」 「……はぁ。……俺はヴァンパイアです」 「へえ」 怜央は頷いた。 現実にそういう生き物が存在するんだなとそれなりに驚き思ったが多分先程異様な感じがした佐和の目を見た時点でどこかでそういった人間ではない生き物を想像していたのだろう。激しくびっくりする事はなかった。 「……軽い」 「何が?荷物?ってアンタ別に荷物持って……」 「反応がです……!普通もっと驚くなり恐怖に震えるなり」 「そう言われても……俺なりに驚きはしましたけど。ていうかじゃあさっきの人、精力って。血じゃなくて良いんです?」 「それが一番力になりますが、俺らだってどんな人でも何でも良い訳ではないです」 「あー、鶏肉は好きだけど豚肉は、みたいな感覚ですかね」 「……なんか違う……。っていうか全く怖くないんですか」 呆れすぎて物も言えないと言った表情をした後でため息をつきつつ佐和が聞いてきた。 「どうですかねえ。まだ実感が湧いてないのかもしれないです。アンタ以外にも沢山いるんですかね?一斉に襲いかかられたら流石にチビりそうかな」 「ちびっ……俺以外は俺が知っている限り多分いません。俺は何て言うんでしょうね、留学してるようなものです……」 「へえーそんな制度あるんですねえ。ところで俺の記憶、消すのやめてくれたんですか?」 「……血でも精力でも頂く前に俺は相手にまず暗示をかけます」 「はあ」 何の話だと思いつつ怜央は続きを待った。 「暗示にかかりにくい人間だと分かると、暗示にかけようとした事だけ忘れてもらってその相手から頂くのを諦めます。それくらいの記憶操作ならどんな相手でも簡単なので」 「なるほど」 「ちなみに精力だけならまだしも一回でも血や体液等を頂いた人間は何故でしょうね、何かしら身近にでもなるのか、かかりにくくなるんです、暗示」 「へぇー。…………ん?」 一体何が言いたいのか分からないまま相槌を打っていた怜央は怪訝な顔をした。 今、言いたかった事を彼は言ったのではないだろうか。 怜央が佐和を見るとコクリと頷いてきた。 「察しが早いですね。そうです、この間歯の治療した時にほんの少しだけなんですが頂いてました」 「……は?え?ちょ、待って、い、いつ?俺、眠らされたとか?その間に何かされたとか?え、ちょ、マジ待って何それすげぇ滾る……!」 勝手に想像を進めてつい叫ぶと佐和がまた引いたような顔で見てきた。 「あなた……見た目は良いですけどほんと気持ち悪いですね……」 「酷い、でも良いですね、もっと罵ってくださ……」 「黙ってもらえます?……はぁ……。眠らせたりとかしてません。そんな事したら他の人にバレるじゃないですか。だいたい普段は先程みたいに暗示をかけてから人通りの無いような場所で頂きます」 更にドン引きしつつ、佐和はため息をまたついた。 「あの歯医者は佐和先生のアジトじゃないんですか」 「やめてくださいそんな厨二病な。違いますよ。俺はただ普通に歯科医として勤務しているだけです。なので眠らせてませんしそんなおおっぴらに頂いた訳ではありません。不足していた訳でもないので」 「なんだ。んじゃ何したんです」 つまらなさそうに怜央が聞くとまた呆れたような顔をされた。 「最後仮の詰め物をする時に少しだけあなたの咥内から頂きました」 「え?」 そんな事してたか?と怜央は怪訝な顔つきをした。だが思い出した。 あの時、佐和が素手だったような気がしていた。だが気のせいだろうと思っていた。 そういえば治療の帰り、妙に疲れていて面倒くさいからと簡単に弁当を買ったのも怜央は思い出した。 「え、じゃあ素手で触られたら口の中から何かとられんのか」 ヴァンパイアのイメージが佐和に出会ってからとてつもない勢いで塗り変わっていく。 「いやーすげえ牙で首に食いつかれて血を吸われるイメージばっかだった」 「……まあ直接血を吸うなら確かに歯で傷を付けることもあります。でも血や体液は粘膜からも摂取できますし、精力は脈が通っているところであれば」 「へえー……あ、でも佐和先生あの時、目は普通でしたよ?」 「別に暗示もかけずに少し頂くくらいなら変わりません。ほんとあなたは妙なところばかり気にされますね」 そして佐和は急に立ち止まった。 街灯の明かりがない場所なので少し離れるだけであまり見えなくなってしまう。 怜央は「佐和先生?」と怪訝そうに振り返った。 「……何故俺が危険を顧みずこんなに丁寧に説明していたか疑問にも思わなかったんですか?」 その声は仄暗い。 「あー。俺が好きになったから?」 「違います!本当にあなたは……。記憶を消せないのなら……あなたの存在自体を消せば良いだけだと思ったからです。最後のサービスでお教えしてました」 佐和の目が暗闇の中、妖しく光った。 怜央は黙ってその目を見返す。 「何故何も言わないんです?先程まで散々煩かったあなたが。ようやく怖くなりましたか」 とてつもなく異様な、だが魅入ってしまう目以外は暗闇にまぎれてあまりはっきり分からない。 だけれども嘲笑するように言った筈のその言葉はどこか柔らかく怜央の耳に届いた。 「うーん。でもさあ、簡単に人、殺せんならアンタもう既にさっきの人も俺も殺してるんじゃないですか?」 怜央はニッコリと笑ってその目に近づいた。 「べ、つに先程の方は……」 「軽く気絶させて少しだけ貰った程度なんでしょ?そんな気がします。間違ってんならまあこのまま俺を殺せばいい」 言いながら玲央は更に佐和に近づいていく。 「あなたほんと……どこかおかしいんじゃ……」 「失礼だなあ。俺、割と普通ですよ?まあ性癖は確かにアレですけどね。今だってちょっと興奮してます」 「ほんっとあなたは」 言いかけた佐和の腕を怜央はつかんだ。 「どうやって殺します?まあ死にたくないんで、出来たら傷をつけるだけとか殴る蹴る刺すなどで痛めつけるとか……」 「はぁはぁしながら言うのやめてください!」 つかんでいた腕を怜央は逆につかまれた。どうみても華奢そうな佐和の力はやはり強い。 だがその力が急に抜けたようになった。あまりにドン引きして気が抜けたのか、顔を見ると目が普通に戻っている。 赤く光っている時がヴァンパイアとしての力を大いに発揮している状態なんだろうなと怜央は理解した。 「佐和先生、アンタ、ヴァンパイアかもしれませんが人、殺せないでしょ?」 「……なんで一度治療しただけのあなたがそんな事、分かるんです?俺は少しの力だけで人間の命くらいあっという間に絶つなんて簡単に出来ますよ……」 「分かりますよ、そんくらい。大丈夫、俺を殺せなくても俺、アンタの事黙ってますから」 怜央はニッコリと微笑んだ。 「……そんな保証、どこにあるんです」 「そうだなあ。じゃあさ、とりあえずこうやって外で問答してても仕方ないし、話す為にも俺の居場所教えますんでちょっと今から俺の家に来てくださいよ。住まい、把握してたら何かあってもいつでも俺、殺しに来られるでしょう?」 普通ならヴァンパイアという存在自体理解の範疇を超えているし殺される可能性を考えると平然としているのはどう考えてもおかしいだろうと怜央も思う。 だが目の当たりにしている今ですら、一度も怖いとは思えなかった。 生きる為に生き物を殺さざるを得ず、それを食べている自分達人間を思えば、生きるのに必要なものを得る為に少々記憶を弄り気絶をさせる程度のこの人を、どう怖がれ、と。 それに……。 怜央の提案に渋々納得したのか佐和は大人しくついて来た。タクシーに乗っている間二人はほぼ黙ったままであった。 家に着くと怜央は「何か飲みます?」と上着を脱ぎながら聞く。 「けっこうです。寛ぎに来たのではありません」 「取り付く島もないなあ。ねえ先生、俺を信じてくださいよ」 ソファとベッドを兼用している床にじかに敷いているマットレスを勧めると佐和はそこではなくその手前の床に腰を降ろした。 怜央はその隣に座るとニッコリと笑いかける。 「あなたになんの利点があると言うのです?」 「あはは、そっか。そうだね。じゃあさ……」 ポカンとした後で怜央が提案しかけると佐和は更に警戒を強めたような表情をしてきた。 どんな欲求をされるのだろうかと思っているのだろうか。 怜央は内心楽しげに笑う。 俺の欲求なんてささやかなものなのに。それにきっとアンタにとっても悪くないだろうに。 そう。 それに怖いどころか、目の前の相手を欲しいとさえ思っていた。 「治療、ちゃんと続けてください」 「は?」 佐和がとてつもなく唖然とした顔で怜央を見てきた。怜央はまた笑いかける。 「バラされたくなければ歯の治療中、沢山俺の歯、弄って欲しいなあって。痛くしてくれても全然良いですよ。むしろ沢山してください」 「……は?」 唖然とした佐和の表情がだんだんと引いたような顔つきに変わって行く。 「めいいっぱい治せる限り治して欲しいしあの機械を使った歯石取りですか?あれも毎回して欲しいなあ。あの脳に響く電子音に近いノイズが堪らないんですよね。おまけにたまにヒュウってなる感じで歯がしみるのがまた。麻酔もね、注射大好きなんですがたまには無しで削ってくれたりなんかしたら俺堪らないですね」 うっとりと怜央が言えば言うほど佐和はじりじりと座ったまま距離を取ってきた。 「たっぷり歯を弄り倒してもらえます?そしたらサービスでアンタに精力とかたまになら血だってあげていい」 「…………それ、サービスじゃなくてあなたへのむしろご褒美ですよね……?」 怜央が言った言葉に佐和は喜ぶどころか更にドン引きした様子を見せている。 「あはは、やだなあ、ほんとにサービスのつもりで言ったのに。まあ確かに噛みついてもらうとか想像すると堪んないですよね……。でもやっぱりこれでも俺、命は大切なんですよ?だから沢山あげるのは無理なんで」 にこにこと怜央は佐和を見るが、相変わらずドン引きしたように見返される。 「佐和先生に俺の性癖、はっきり言ったようなもんですよね、これで。多分一般的に恥ずかしい性癖でしょうね。でも打ち明けましたし、こういう交換条件を提供しますんで、信じてもらえませんか。俺が喋らないって」 静かに語りかけるように言いながら怜央は手を佐和の頬に這わせた。 ビクリと佐和は体を震わせる。 「震えるのは俺が気持ち悪いから?それとも敏感だから?」 「な、に言って……」 佐和はのけぞるようにして怜央から離れようとする。 「俺もさあ、いくら男のが好きだって言ってもね、先生。相手が興味ないなら変な事言わないですよ?」 「きょ、興味なんて俺、ありません!むしろあなたにドン引きしてます」 青いのか赤いのか分からない佐和の顔色は元々色白だからかとても色っぽく見える。 怜央は更に顔を近づけ笑いかける。 「じゃあ何で俺の口からとったんです?それって粘膜からだろうしって事は、精力じゃなくて多分体液とったんですよね?佐和先生言いましたよね。どんな人でも何でも良い訳でもないって。興味ない人からはじゃあ精力を奪うって事でしょう?さっきの人みたいに」 「そ、それは俺は歯科医であなたの咥内に手をやるのが一番自然だったから……」 しどろもどろになる佐和に、怜央は更にニッコリと詰め寄る。 基本的に痛めつけられるのが大好きだがこうして好みの相手がおどおどするところを見るのも嫌いではない。 「でもおっしゃったじゃないですか。普段は人気のない所で準備した上で摂取するんでしょ?それに飢えていた訳でもない、と。じゃあなんであの場で俺の粘膜から摂取したんです?」 「……っあなた、話、受け流してるようだったのに……」 「気になるから話、聞いてるって俺言いましたよね?」 今や白い肌を赤く染めている佐和を怜央はマットレスに押しつけ覆いかぶさる。 「ねえ先生、赤いですよ?」 「……あなたの……顔はカッコいいと、思います……」 「顔だけ?」 怜央は唇がくっつきそうな程顔を近づけて囁く。 「ち、かよらないでくださ……、あなたの匂いが……。お願いだから近づかない、で……噛み、ついてしま……ぅ」 匂い?と怜央は少し首を傾げた。 ヴァンパイアが喜ぶような匂いでも発しているのだろうか。外にいるときは匂いに反応するどころか怜央に気付きもしなかったのは風下などの関係だろうか?そう言えばここも歯科医院も室内だ。 とりあえず俗に言うフェロモンみたいなものかと怪訝に思いつつまたニコリと笑いかけた。 「少しならあげて良いと言いましたよ?その代わり今度の治療の時、沢山弄ってくださいね?俺もアンタの事、黙ってるんで」 怜央は少しだけ佐和から離れネクタイを緩めシャツのボタンをいくつか外した。そして今度は首元を見せつけるように近づける。 「へんた、い……」 「良いですよ、変態で」 俺の事が好き、じゃなくて匂いがっていうのが少しだけ残念ですが。 でもまあ、良い。自分も人間以外とのお付き合いは初めてだし、ゆっくり俺のこと好きになってください。 そう思っていると、赤らめた上に目を潤ませた佐和が我慢出来なくなったのかとうとう首に吸いついて来た。 ピリっとした痛みがじわりと怜央の脳にしみ込んでくる。 激しい痛みではない刺激がむしろ怜央を堪らなくもどかしい思いにさせてきた。 怜央の匂いと血を吸う事に夢中になっているのか佐和は無防備に感じた。おまけに恍惚としている佐和は少し興奮しているように見える。 少しの痛みとそんな佐和の姿を見て怜央に我慢など出来る訳がなかった。 首筋に唇を当てられたまま、なんとか佐和の体をずらして完全にマットレスの上に横たえさせる。そして服の前を肌蹴させていった。 先程飢えは凌いだ筈の佐和は摂取しすぎないようゆっくり味わいながら吸っているのか、相変わらず無防備なままだ。 年上の美人なヴァンパイアさん、このまま俺に溺れてね。 心の中で囁くと、怜央はゆっくりと手を這わせていった。
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