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「(……あ。やばい)」 ―――食い散らかした。 ――――――――――― ダクライフィリアの懐柔策 リビングのローテーブルの上。 普段そこに几帳面に並べて置かれているテレビのリモコンや雑誌は、今は床に散らばっている。 『食い散らかした』のは、それらのことじゃない。 リモコンや雑誌の代わりにテーブルの上に乗っている『その人』に対して、少しだけ冷静さを取り戻した真雪が持った意見だった。 「………は」 鳩尾に籠ったままの最後の熱を溜息で吐き出して、真雪はゆっくりと『そこ』から身体を起こした。 ずっとテーブルについていた両膝が少しだけ痛む―――のだが。 少しだけ汗で張り付いた前髪を左手で掻き上げて、今まで自分が組み敷いていた『それ』を見下ろす。 制服のカッターシャツは脱がされることなく、必要な部分だけを晒された肌に少し青みを帯びる程の赤い鬱血痕が幾つも残っている。 強く引いて緩めたまま堅結びになってしまったネクタイはまだその首にかかっていて、それが邪魔で外されることがなかった第2ボタンは、その人の胸元は守ったものの、寧ろ頸動脈の辺りに腹と同じような痕をつける理由を作ってしまった。 冬でもないこの季節に、もうどうやったって隠せないその痕に指先を伸ばしながら、真雪は視線を自分の後ろへやって盛大に溜息を吐いた。 大きく開いた―――たぶん、というか確実に他でもない自分に開かされたその人の左足の先に、未だぶら下がったままの下着と制服。 当たり前のようにそこにあるままの靴下。そこを辿っていくようにつけられた鬱血痕。 食い散らかした。 欲するものだけを、貪った。 ―――なんだっけ。 「(なんでこうなったんだっけ)」 遅すぎることは分かっていながら、今更その下着と制服を足から抜き取って床に放りながら 真雪はまだ少しだけ霞んだ脳内に思考を向けた。 ___『ちゃんと……っ…』 映像よりも先に、思い出したのは、声。 ___『ちゃんと責任とれ……っ、ばか……!』 馬鹿、なんて。他人どころか親にも言われたことがない。きっとこの先も言われることはないだろう。 言われ慣れないその言葉に欲情した? 珍しく自分の感情を吐き出すそいつに発情した? それとも――― ―――もっと泣かせたいと思った? 怒ったようなその瞳に溜まる、その涙を。 もっと もっともっともっともっともっともっと 見てみたいと思った―――……。 そもそもどうしてそいつが泣くようなことになったのか、が問題のような気がするけれど。 忘れてしまった、ということはきっと自分にとってみれば大したことじゃなかったんだろう。 いつだってそうだ。 こいつは―――矢末は、いつだってそういうどうでもいいところで勝手に傷付いて勝手に泣く。 なんだかよく分からないことに傷つくくらいなら、俺に傷つけられればいい。 なんだかよく知らないものに泣くくらいなら、俺に泣かされればいい。 そういう理由(こと)だったような気がするけれど。 最後の熱を吐き出すと同時に、気絶するように眠ってしまった矢末からは まだ涙がゆっくりと流れている。 真っ赤に腫れた瞼。冷やさないとな、と思いつつ。 伸ばしたのは、手ではなくて、舌だった。 「(………塩味)」 ずくり、とまだ中にある自身の芯が熱を持った。 自分でも馬鹿馬鹿しくて少し笑う。 「…………ンっ」 テーブルの上で、小さな体が身じろぐ。 ハの字に曲がった眉の真ん中に、皺が寄った。 瞼が開いていく。 暫くうろうろとしていた瞳が、やがてゆっくりと真雪を捉えて、微かに笑った―――ような気がした。 ぼたり、と大粒の涙が目尻から零れる。 「………ッ」 「なっ……に……やっ………んんっ……」 『かろうじて』だった自身の熱が確かなものになって、それに気付いて逃げようと身を捩った矢末を拘束した。 力が入らないんだろう腕が、それでも弱々しく真雪の胸を押して―――けれどそれも、いつの間にか縋るそれになってしまった。 「んっ……ン!や…っ……あ…ッ……」 「ッ……ん?……あ。そう、か……」 「な……に?……あっ!?」 よいしょ、とわざとらしく息を吐いて組み敷いていた体を正面から抱き上げた。 標準体重よりはだいぶ軽いだろうけれど、それでも男子高校生1人分の体重が2人の結合部にかかって、矢末は真雪の腕の中で大きく震えた後、ぐったりとしたまま動かなくなった。 出さずにイったのか――― イったけどもう出ないのか――― 真雪は小さく笑って、矢末を抱えたまま寝室へと移動した。 どさり、とベッドに沈めると、それを認識した矢末がいやいやと首を横に振った。 「や……真雪く……も、むり……」 「分かってる」 「けど、ごめんね」と。 思ってもいないことを言う。 吐息さえも、掠れ始めていた。 それを唇ごと奪いながら、真雪は熱に浮かされた頭の中で思う。 ―――食い散らかした、なら。 真っ赤に膨れた唇も、そこから漏れる吐息も、柔らかい肌も、こちらを見つめる飴玉みたいな瞳も 壊れてしまった涙腺から、溢れ続ける涙も全部。 「(食い尽せばいいんだ)」 伸ばした舌先。 舐めとった涙は、砂糖水より甘い気がした。
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