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薄暗い洞窟の中で岩を打ち砕き、また崩れて、俄かに硬質な音の雪崩が起こる。反響した音は何度も重なり山びこのように響き渡っていた。 音の源には黒地に、赤い雲模様の描かれた衣を纏った、おおよそ人とは思えない態勢をとる男の姿があった。そしてその男の尾てい骨があるだろう辺りからは、これまた人とは思えない尾のようなものが生えており、苛立たしげに大きく揺られている。その尾が洞窟の内壁を手当たり次第、派手に破壊を繰り返しているために、この轟音は起こっているのだった。 「落ち着け、サソリ」 その傍らで平然と立っていた男──ペインが、暴れている男──サソリを諫めた。 ペインは人と呼べる形はとっているが、その姿は薄く七色を纏った影のようで、向こう側が透けて見えている。実体ではなく、ここにいるのは幻灯の術から作り出された思念体だ。通信手段として主に使用されている。 「オレが、待たすのも待たされんのも嫌いだって知ってんだろ」 「だからといって暴れるな。ここを崩す気か」 サソリは渋々といったようにやっと辺りを破壊する事を止めた。だが尾はまだ苛立たしげにゆらゆらと揺れ動いている。 彼らは“暁”という犯罪者組織に与する九人のうちの二人で、ペインはそのリーダー役を担っている。実体ではないにしても、一組織のリーダーが今回こうして術を用いて姿を現したのには訳がある。この社交性に欠けるサソリと、新メンバーを二人一組として無事に引き合わせるためだ。 「だから、オレは何度も一人でいいと言ったんだ。折角あのヤローが抜けて清々してたってのに。──しかも、変態の見張りの次は餓鬼のお守りとはな」 「基本二人一組がルールだ。その方が何かと都合がいい」 「チィ‥‥」 「‥‥‥‥」 会話が途切れると、待ち人が来なければ何もする事のない二人は自然と入口の方へと視線を向けた。だが、切り取られたような赤く染まった景色が洞穴から覗くだけで、その待ち人は一向に現れる気配はなかった。 この一向に現れない新メンバーは、ほんの数時間前に同じ暁に加入した男で、デイダラという。同じく暁であるうちはイタチが勝負で負かして半ば強制的に仲間にしたのだが、その後、私物を宿に取りに戻らせろ、というので別行動を一時とる事になり、今に至っている。 見張りを付けてあるので逃走したりはしないだろう──性格的にもなさそうだ──が、それにしても遅い。宿が遠いという事を考慮してここにくる時間を指定したにも関わらず、いまだに姿を現さない 距離があるという事もそうだが、強引に仲間にされたため今一つやる気がない事も、こうして遅れている事に関係しているのだろう。 いつまで経っても現われない待ち人に、サソリの苛立ちは溜まっていく一方だ。限界も近い。 「そろそろ一時間たつ。あと一分して来なかったらオレはここを出るからな」 そう言いながら既に入口へ向かい始めるサソリに、ペインは溜息をついた。 と、その入口から突然何か白い塊が突進してくるのはほぼ同時だった。二人から少し離れた所に着地したその白い塊は、よくよく見れば鳥のような形をしている。次いでその背からふわりと人が降り立ったかと思えば、先程内壁を崩されたせいで散乱する岩を避けながらこちらに近づいてくる。 “暁”の衣の背で一つに結われた髪は黄色と言っていい程に濃い金髪。下ろした前髪で隠されている左目とは違い、露わになっている右目には空色の瞳はその髪色によく映えている。衣とは対照的な明るい色彩だ。 薄暗い洞窟の中でもよく目立つ容姿をした彼こそ、二人の待ち人であるデイダラその人だった。 青い瞳をさ迷わせながら、デイダラは怠そうに謝罪を述べ始める。 「すまねぇ、色々手まどっちまってっ!?」 だが突然自分の頭を目がけて飛んできた尾に言葉は途切れた。横へ飛び退く事でそれを避けると、軽く砂埃をたてて着地。右目一つでそれを振るったサソリを睨め付けた。 もしも尾が頭にでも直撃していれば只では済まなかっただろう。 「なにすんだよ、うん!?」 「───確か、デイダラとかいったか? 餓鬼」 怒気の籠もった声で名を呼ばれ、その上自分よりも数倍鋭く睨み返されて、デイダラは思わずその身を堅くした。 「覚えておけ。オレは人を待たすのも待たされんのも嫌いなんだ。次やったら、ブチ殺すからな」 その余りにも強い威圧感にデイダラはただ棒立ちになって、嫌な冷や汗が背中を流れていくのを感じているしかなかった。目を逸らす事もできない。 だが、さり気なくペインが間に立つ事で張り詰めた空気を崩してくれた。デイダラは肩から力を抜いたが、そんな自分自身が気にいらないのか、その直後には顔を顰めていた。 それを傍目に、視線でサソリを示しながらペインは口を開く。 「砂隠れの里抜け忍──サソリ。赤砂のサソリと謳われた傀儡師であり、造形師でもある。聞いているだろうがお前はサソリと二人一組で行動してもらう」 「‥‥造形師、ね‥‥うん」 「フン‥‥」 今度は窺うようにしてデイダラはチラリと視線を向けるが、サソリは反して顔をそらした。 そんな二人を前にペインはやれやれといったようにそっと溜息をつく。取り敢えず先程までの緊張感がある程度治まったのを確認すると、これを言えばまた空気が重くなるのだろう、とまた溜息をつきたくなるのを耐えて、その言葉を放った。 「サソリ、ヒルコから出ろ」 やはりと言うかなんと言うか。予想通りにサソリに無言で睨み付けられてペインはまた溜息をついてしまう。 「あとから説明するのも面倒だろう。それに、大蛇丸のような心配はいらないからな」 「‥‥‥‥」 一人会話から取り残されたデイダラは二人の話している内容の意味がわからず首を傾げた。 だが、サソリ──だと思っていたヒルコと呼ばれる傀儡──の首の辺りから背中が蓋のように開き、中から少年が現れた事で理解した。 理解したのだが、はっきり言って予想外な展開に頭は余りついて行けてはいなかった。 「‥‥‥って、サソリってこんなガキだったのかよ、うん?!」 茶色味を持つ赤い髪に、茶色い瞳の少年はデイダラと同じくらいの年に見える。しかもその容姿は甘く、女性にとても好まれそうだ。 厳ついヒルコとの余りのギャップにしばらく呆けていたデイダラだったが、気を持ち直すと思わずそう零していた。 「サソリはお前よりも年上だ。口を慎め」 「いや、どっちかっつーと同じか年下だろ、あれは‥‥うん」 「十五は上だ」 「‥‥は?」 ペインの訂正にデイダラは再び固まる。どう見ても十代半ばの少年にしか見えないこの容姿で、三十路を過ぎていると言われれば当然といえば当然の反応である。 それを余所にサソリは余り気にしていないような口振りで「そういやぁ、それくらいになるか」と他人事のように呟いていた。 「やっぱおっさんなんじゃねぇか。‥‥って、いや、それであの見た目はいくらなんでも‥‥。よっぽど童顔なのか? ‥‥うん」 ぼそぼそと呟いたかと思えば話が長くなりそうな疑問を口にするデイダラに、ペインは面倒そうに眉を顰めた。 「とにかく、お前たちは今から二人一組だ。仲良くしろとは言わないが、せいぜい足を引っ張り合わないようにするんだな」 足を引っ張り合う、と言う言葉にお互いを見やる二人を横目で見ながら、ペインは付け足して伝える。 「デイダラ、任務の詳細はサソリに説明してある。――期限は二日後の正午だ」 もう関わるのは面倒だとばかりに自分の役割の内にある事を言い置くと、ペインの姿は一瞬ぶれた後に掻き消えた。 お陰で、取り残された二人の間に微妙な空気が流れる。 半端に取り成す位なら、いっそ放っておけばいいものをと、サソリは眉を顰めた。全くもって面倒だ、面倒以外の何ものでもない、のだが、と目の前の相手を見る。 いまだに何かを考え込んで、精一杯顰めている表情はそれでもやはり幼い。 こんなガキで、しかも少々うざったいこいつが、相方殺しのあいつの相手が務まる訳もないか。 溜息をついて、ここは年上の自分が譲歩してやるしかないかとサソリは腹を決めた。 「てめぇは爆弾魔なのか?」 「‥‥はぁっ?!」 「爆破好きなんだろ?」 サソリとしては特に他意はなく、世間話程度のつもりだったのが、デイダラは相当気に入らなかったらしい。息を巻いて怒鳴り始めた。お陰で反響した声が何度も返ってきて聞き取り辛い。 「冗談じゃねぇ! そこらの変態なんかと一緒にすんな! オイラの起爆粘土は立派な芸術だ! オイラはオイラの美学を持ってるんだからな! うん!」 「美学、ねぇ」 サソリは目を眇ると、どこか嘲笑うように零した。 爆弾魔も自分の爆破は芸術だ、等と言う事があるらしいが。 その辺りは口にすれば面倒な事になりそうなため、敢えて突っ込むような真似はしないでおくサソリであった。 「芸術的フォルムに仕上げた起爆粘土は、爆破することで昇華する! その儚く散る一瞬の美こそが、なによりも美しいんだ‥‥うん」 「またそれか」 半分己の世界に入りながら情感たっぷりに語るデイダラに、不機嫌そうにすると鼻で笑いながら告げる。 「一瞬で消えちまうものなんて、くだらねぇ」 反論の言葉に己の世界から完全に引きずり出されて、デイダラはまた不機嫌になりながらサソリを見る。 「長く後々まで残る永久の美こそが、真の美しさだ」 まさか同じように己の美学を語られるとは思っていなかったのか、デイダラは一瞬目を見開くと不敵な笑みを浮かべてみせた。 「永久に変わらないものなんて、それこそくだらねぇ。ぜんっぜん刺激が足りねぇよ‥‥うん」 ふと、年齢は三十過ぎだというのに見た目は十代で、傀儡師であり造形師でもあるという事。そして今の口振り。 そこから見た目と年齢が釣り合わない事への一つの仮説に行き着いた。 デイダラは思わず目を剥く。 「、その身体‥‥」 顔しか見えていないが、どうみても生きた人間にしか見えない。もしその仮説が違って、それ以外で説明がつくとしたら昔の自分に変化している場合だが、そんな事をするタイプだろうか。 ───やっぱ、あの身体は傀儡か? その疑問はあっさり本人によって解かれる事となった。 「ん? ああ。オレの身体は傀儡だ」 それがどうしたとでも言うような表情でサラリと言ってのけ、サソリは平然とこちらを見返してくる。 その事実にデイダラは思わずその傍に歩み寄った。さらに近くからその顔を覗き込むようにして見つめる。 「‥‥傀儡に見えねぇ‥‥うん」 先程までとは打って変わって、子供のように輝きだした目にサソリはどう反応すればいいのかわからなくなる。 ただその青い瞳をきょとりと見返した。 「自分で作ったのか?」 「‥‥当たり前だ」 なんとかいつもの調子を取り戻すと素っ気なく返すが、興味津々といった風に更に目を輝かされて、内心眉を顰めた。 さっきまで自分達はお互いが気に入らないと言い争っていたのではなかったか。 「仕込みもあるのか?」 「傀儡は仕込みが華だ。あるに決まってんだろ」 「見てぇなー」 今度は期待のこもった眼差しでじっと見つめられて、だんだんと面映くなってくる。ふいと視線をそらしてそっけなく返した。 「戦闘になりゃそのうち見れんだろ」 「それじゃあゆっくり見れねぇだろ。な、サソリ、ちょっとでいいから見せてくれよ‥‥うん」 「‥‥‥呼び捨てにしてくる餓鬼の頼みなんざ、聞く気にならねぇな」 餓鬼という単語で暗に色々とを指摘されムッとしたデイダラだが、ここで何か言えば仕込みを見せてもらえなくなりそうなのでここはぐっと我慢する事にしたらしい。 少し顔を引き攣らせながら、この目をジロリと見つめてくる様子にサソリは少し余裕を取り戻した。 「じゃあなんて呼べばいいんだよ?」 「てめぇで考えろ」 自分で考えろと言われても、とデイダラはあからさまに顔を顰めてみせる。それからおもむろに腕を組んで思案顔になった。 さん付けは性に合わないし、様付けなんてありえない。なら、どうするか。 「‥‥‥‥‥‥‥だんな‥‥うん。サソリの旦那! 仕込みを見せてくれ‥‥うん!」 「‥‥‥」 自分でもなかなかだと思えた呼び名に対して何も答えないサソリに、わざとらしく溜息をついて不満げな視線を向ける。 「なんだよ。旦那じゃ気に入らねぇってか‥‥うん?」 サソリはデイダラの言葉に微かに口の端を上げた。すると黒地に赤い雲模様の描かれた衣を脱ぎ、背中の下方にある一対の翼のようにも諸手のようにも見える五枚の刃を広げて見せる。 「これで満足か?」 勿体ぶったその仕草に、デイダラは気付かれないように息をつく。それからサソリの周りをぐるりと一周するようにして、その見事な作品を鑑賞者の目で観察した。 「へぇ‥‥」 思わず感嘆の声が漏れた。 顔は身体に似付かわしくない生気のあるもので、手や指、肘の関節も精巧に造ってある。服を着ていれば、すぐに傀儡と見破られる事はないだろう。 しかし、忍びの傀儡は戦闘用だ。普通ここまで精巧に造らないし、造れない。 ―――――――……‥‥‥ ここまでお読み下さりありがとうございました! 最後までギリギリ納まり切りませんでした; 続きはサイトにてどうぞm(__)m
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