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選評。 先ずは、当企画立案者の一人として、なによりも素晴らしい作品を応募してくださった方々、また、チラシ配布や誘導リンク等で企画をサポートしてくださった方々、そして、各々御多忙の中にありながら無償で真摯に選考の任にあたってくださった審査員諸氏、更に、文学極道と月刊 未詳24のシステム担当者、その全ての人々に感謝します。 認知度が限りなくゼロに近かった企画が、ある程度の結果を残せたのは、ひとえに皆さまのおかげです。 ありがとうございました。 それでは、僭越ながら受賞各作品、および、選外ではあったけれども印象に残った作品について、簡単にではありますが順次、触れさせていただきます。 「六月の雨に少女の祈る」森下ひよ子 (グランド・チャンピオン作品) 他の追随を許さないほどの圧倒的な筆力ですね。 初読ではテキストを読み解く猶予すら読み手に与えない跳躍速度、性急且つ錯綜する場面展開、暑苦しく情熱的な記述を避けた話者の冷徹な視線から紡がれていく不思議な熱量、これでもかとばかりに頻出する表記の妙のあざとさを兼ねた美しさ、 見事です。 タイトルからして友部正人を想起させ得るように随所に散らされ或いは隠されている読者サービス(挑戦、かもしれませんが)、親和力を含ませた導入部から、(たとえば「コマクサ」の意を繙くまでもなく)様々な世界観(距離と時間と言語と、あとひとつ)の越境を経て、吃音声が鮮やかに揺れるラストまで、ソツのない筆で描かれているといえるでしょう。 なお、当企画はインターネット公募が主であった性格上、本作に限らず、 1「一万字を越えるようなボリュームのあるテキストのword文書等による応募」 2「故意、または無用の予断を排する為であろうと推測される作者名義の変更」 等が応募作品に散見されましたが、 (もちろん、それらの意思ならびに行為は、応募規定違反になんら抵触するものではないですし、寧ろ、個人的には歓迎します) それが応募作品の内実の審査に影響を及ぼした事実はありません。 特に2の場合ですと、所謂「書ける人」の筆致なり手癖は、熱心な詩の読者であればあるほど把握もしておりますでしょうから、(その正誤は、さておき)彼是と推測する楽しみもまたあります事、申し添えてさせていただきます。 また、1の場合、本作では「作者が、かく読ませたい漢字」にではなく「読み手が読みにくいであろうと思われる漢字」にこそルビが振られている事に、とりわけご注目いただきたい。読者と作品との間に無用の距離を作ることを潔しとしないこのような意識や態度は、意味もなく尊大になった数多くの著名な(或いは無名の)詩人が残念ながら失いつつある大切なものであるようにも私は感じます。 さて、本作をポイント付与作品とするか否か、随分と迷いました。 これほどの印象に残る作品を、狂ったように詩を読んでいる私でさえ、あまり読んだ記憶は無いです、これは正直な話。 ただ、惜しむらくは、稀有な筆を僅かに制御しきれていない印象があって、それはたとえば、技巧を尽くして導いた筈である漸くの最終着地点での結実が、(あくまでも個人的な)予感を越えるほどには豊穣なものではなかった、というところにもあります。そうしたある種の不満は、贅沢であるとは承知しつつも。 あとは、個人的事情として、携帯端末をメイン・プラウザとしてインターネット詩を読んでおり、また、所謂「携帯詩」界隈に身を置いているのですけれども、そうした場合に、PCで閲覧したテキストの姿よりも本作の魅力がある程度損なわれてしまうのは残念ながら否めないです(これは作品の内実ではなく、外観の問題ですので、作者サイドとしては不本意かもしれませんが御容赦ください)。 つまりは、その二点のみでポイント付与は思い留まりました。 しかしながら、「詩には、これだけのことができるんだ」というポジティブな認識を、より多くの(特に若年層の)書き手や読み手に与えることに成功している数少ない刺激的な作品なのではないでしょうか。 「詩は何でもありの自由な表現」と安直に考えがちですが、実際に詩に向き合うと、意外にも、かなり不自由なことがわかるはずです。 これは私見ですが、詩というメディアは「ある種、自閉した文学」ともいうべきものだからです。明瞭で簡潔な言語によってカテゴライズされていない(または少ない、或いはこじつけられている)が故に、書き手は言語化されない制約と如何に対峙するかを強いられる場面が少なくない、そして、そこには「教科書的現代詩の作品構造」云々といった類いの技巧等とは異なった次元での葛藤が生まれ易い気が私はするのですよ。尤も、そこに意識的であればあるほど傑作が書ける、というわけでは全然なくて、寧ろ「天然な人」の方が傑作をものにしがちな傾向があるとは思いますが。 シビアな話、存命なさっている詩人の詩作品で、手放しで称賛できるだけのものは、商業詩誌から個人詩集、同人誌、インターネット、それらのどこを懸命に探しても皆無に近いのが現況だという認識です。 (まぁ、現代詩であれポエムであれ、「より多くの読み手に読まれないド・マイナーな文学」という点では、同じですが。) このあたりを書いてると三年くらい経ってしまいそうなので、はしょりますが、 「作品構造として現代詩的に立派であるかどうか」 を、私は、けしてなおざりにはしておりませんが、選考の主眼とはしませんでした。 それでもなお、本作の素晴らしさに、審査員特別賞として一票を入れさせていただいた次第です。 所謂「書けている」かどうか、と問われたら、本作は、あるいは厳しい意見にさらされてしまうかもしれません、プロフェッショナルな批評家に一顧だにされない可能性だってあるかもしれない、しかしながら「現代詩」という、ある意味、窮屈なタームでどのように評価されるか、については、殆ど興味の外にあります。 そして、栄えある初代グランド・チャンピオン作品とはいえ、優秀作品賞受賞作「水葬」と一票差という僅差であり、尚且つ過半数票の獲得にも及ばなかったこともまた事実です。 がしかし、寄り添いにくさを巧みな技量で補いつつ、様々な、おそらくは狙っているであろう跳躍と着地によって召喚されたり異化される言語イメージの広がるさま、および、そこここに遍在する傷付いているが故に美しく静かな熱量、等々は評価されて然るべきですし、また、私は、この作品に通底する「挙動不審なエクリチュール」に、単純に感銘するのです、その隙間にこそ惹かれ、そして未完の美に酔う、それは拙い筆では叶わなかったであろうはずだと知っているからでもありますが。 なお、インターネット詩に相当程度には造詣が深いと思われる、この書き手の筆による他の作品も読んでみたいものです。 ともあれ、初代グランド・チャンピオン、おめでとうございました! 「グランド・チャンピオン」は作品に冠されますが、私はあなたの名前を生涯忘れないでしょう。 伏しつつ。 追記。 本作は、個人的に「助詞」について深い考察を付与されたテキストでもありました。かくなる意図が作者にあったかどうかは、また違う話になりますけれども。
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