メッセージの編集
お名前
本文
しかし、僕達が外にでてポンプを動かさなければ、さらに深刻な状況になることも、同じ応援できた仲間達も感じていました。 同じ会社とは言え、家族もいれば、家族の安否すら確認出来ていない仲間達、部門が違うため、放射線や原子炉の状況はほとんど素人の理解度でした。 担当者の話を聞いても、予期せぬ状態に不安の色を隠せずにいる様子から、僕達の不安も高まりました。 しかし、それ以上に被災者やメディアを見ている国民は、もっと不安だったと思います。 仲間達と覚悟を決めて、ポンプの救済に着手しました。放射線には浴びる限界があるため、複数班に別れての行動となりました。 防護服とマスクを装置すると、呼吸は苦しく、視界は狭く、普段ではまず感じることの出来ない状態での仕事でした。 自分のローテーションが来るまで待機していると、室内に振動と轟音が鳴り響きました。ニュースでもやっていた爆発でした。その場には仲間がいました。不安は頂点に達し、ただただ仲間の帰りを待っていました。 爆発した場所からは100m程度離れており、幸いにも命に別条はありませんでした。 原因は、内部の水が蒸発し発生した水素が、上部に溜まり、爆発したとのことです。通常であれば弁が開き、大気中に水素を逃がせる構造ですが、電気が止まっており、弁が開かなかったようです。 現場の危険と不安がさらに積もりましたが、他の原子炉も同じような状態になってしまうため、一刻も早くポンプを動かさなければなりませんでした。 その時は爆発の原因が解明できず、他の原子炉を早く冷やすことを優先していました。 ついに自分の班が出向するときがきました。爆発直後ということもあり、不安はありましたが、不思議と使命感が勝っていました。 現場に到着すると、飛び散った金属片や、津波で流された車など、映画のセットのような状況でした。 過酷な環境での仕事を終え、建物に戻って待機となりました。建物は断水しており、トイレは仮説、食糧は非常食、一日で缶詰一個という生活でした。お風呂も入れず、隔離された室内で、土足の床に座っていました。 全員がほとんど不眠不休で対応をしました。
設定パスワード
画像ファイル
編集する
削除する
[18禁]夢のヒモ生活
実現目指すならココ
[
掲示板ナビ
]
☆無料で作成☆
[
HP
|
ブログ
|
掲示板
]
[
簡単着せ替えHP
]