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真夜中。わたしはシンクの前に立つ。わたしの右手にはナイフ。左手には、先輩からいただいた、いかにも高級そうな白桃。 何をかくそう、わたしは白桃が大好きである。薄い皮を剥いだあとの、あのけば立った白さが好き。押さえる先から変色してやる気をなくすわがままさが好き。細かな繊維のからみあった瑞々しさが好き。それから。それから。 わたしは。果物ナイフで、すーっと上から下へ切り込んでいく。白桃は抵抗しない。白桃はなすがままだ。そして切り口から変色していく。それから、わたしは日焼けあとの小学生のように、慎重に薄皮を剥ぎ取ってゆく。なんとなく、いやらしい。どこがどう、ってことはないのだが、なにげに、微妙にそこはかとなくいやらしい。まあそれはさておき。 果物ナイフは次の一手に移っている。縦切りの、ウサギちゃんりんごでも作るかのごとく、すっと果肉に切り込みが走っていく。だがそのままでは中央の種があってどうにもならないので、わたしは次の一手を何度か繰り返すことになる。 わたしがいちばん好きなのは、夜明けのグラデーションのような、白桃の断面だ。無粋な圧力で変色していない、ただ切り立って毅然とした壁。 いくつかの切片で本体から分離された桃をそのまま、ナイフで口に運ぶ。桃にかぶりつくのは、あれはナンセンス。鋭利な金属で無理矢理に引き裂かれた繊維、そのやるせなさがいじらしい。わたしはシンクをぼたぼたと濡らしながら、一心不乱の昆虫のようにその物体にのめり込む。切り立った断面を容赦なく口に押し入れる。音もなくつぶれ、ちぎれ、瑞々しい果液の甘さ、逃してなるものか。 欲しいと思ったものが今わたしの中にある。それは一瞬で終わっていく。 そんなふうに愛したことがあった。 そんなふうに。
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