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律動している自然の怒りを蔽う、薄皮で出来ている海の形象を、 剥いで、赤裸々な実像を曝け出せば、煮えたぎる本質が、 渇きの水を欲して、知恵の回廊で語りかけるが、 気づくものはいない。 風でさえ、空でさえ、ひかりでさえ。 誰も海の全貌を捕らえぬ儘、 海の始めの半分は血まみれの海の意識を、 世界の意識の外で隠している。 おぞましい生身の顔を見たものはいない。 海のあとの半分は痛みを持つ季節で成り立つ。 自然の美しき生と死との葛藤を、展開して、一度、海の眼の黒点に、 集約されてから、いっせいに解き放たれた、現在という海の景色。 その細胞を塩の臭いの濃い窓辺で老婆が、眺めている。 沖から一隻の船が戻ってくる。 老婆の人生の苦悩で痛んだ血管の中へ。 島に向かって歩く海鳥の夕暮れは、 欠落した空の形状を立ち上げて、浮かぶ船のほさきに、 繰り返しながら、港をつくる波は 凪いだ水平線を飲み込んでゆく。 昇天する午後は 冷たい唇を海風に浸して、 錆付いた窓の中を抱擁する。 放浪する時間が海の濃厚な音律の中で、泳ぎだして、 黄色いひかりの、結晶体を産み出す。 そのひかりを浴びた老婆の住む海の家のドアノブに、 少年の手はいつまでも固定されている。 甲高い声をあげて、引き綱を船に乗せる、 少年の背中を夕陽が照らして、細かく金色を撒き散らす。 遥か海の形相の上を、波に揉まれている色濃い魚影が、 生臭い風に乗って、少年の腕の周りを勢い良く叩く。 期待に満ちた漁師たちの熱気が、 船のいろどりを艶やかにする空隙を、 勇ましい汽笛が埋める。次々と港を離れる船。また船。 荒れ狂う戦場に向かう儀式か。 妻や家族たちが手を振り見送る。微笑ましい笑顔と不安。 見送る者のこころに闇が蠢く。 海に灯りが点滅すると、月が煌々とする海辺では、 色彩を攪拌して黒くする瞑想の風景が、渇き出す抽象を燃やして、 潮の香りを充たしている、ひかりが切断して裂けたベッドは、 老婆の棲家を取り返す。 波の静けさが醒めた音を鳴らして、町並みを蔽い、 細微な事柄を夜の卵の殻の中に仕舞い込み、地上から封印してゆく。 夜は闇の手助けを受けて、海を波の上から、少しずつ固めてゆく。 音だけが空に融けている。
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