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海のそばにあるちいさな店で、ピアニストが最後の曲を演奏しはじめると、おたがいの腰 に手をまわした老夫婦が軽快なステップでテーブルのあいだを縫っていく。潮風に傷んで しまったのか、木製のテーブルはどれも重心がさだまらず老夫婦とともに揺れてしまうか ら、そのいくつかに置かれていたグラスは、中身をあふれさせたり、床でくだけたりして いる。けれど、それらをかたづけようとするだれかは、もういない。 演奏が終わりにむかうにつれて、ピアノの鍵盤が低い音から順番に失われていく。 熱っぽい視線をからませていた老夫婦は、いまでは老女だけになり、それでも、まだ伴侶 がそこにいるかのように、虚空をしっかりと抱きながら軽快なステップを踏みつづけるそ のひと足ごとに、くだけたグラスの破片が重力をわすれて舞う。ピアニストはすこしずつ 上体を右によせ、神経を指さきまでいきとどかせたまま、かつて、波うちぎわで遊んだう つくしい恋人のことを思い浮かべて、静かに微笑む。 どうしても単調になっていく演奏をおぎなうように、低く海鳴りがきこえてくる。 ドレスのすそを摘んだ老女は素足で水を跳ねあげ、さえぎるものがなにもない、かつての 波うちぎわをじゆうに踊っている。目にうつるすべてがまぶしいくらいに反射しているけ れど、きっと、朝はまだおとずれないはず、どうか、もうすこしだけ、と、歌っている。 そして、そっとペダルから足が外れ、ほんのいっしゅんだけのぞいた朝のひかりをおおう 高波のなかに、最後の音はさらわれて。
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