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#プロローグ 眼にはいわゆる盲点があり、視覚できない箇所がある。 それを両目で動かすことによってごまかしている。 二次元の網膜では、回転する台形が右回りか、左回りかを正確に捉えることができない。 色彩を読み取れるのは視界の中心部分だけで、僕らは想像でモノクロの世界に色を付けている。 僕の信じる現実世界が不確かなものに、変わる。 #1 それにしても、騒がしい教室だ。前に座る女子二人はプールの監視員のバイトがいかに有用なものであるかについて談笑している。後ろの席では、巻き髪の女子と、女みたいな男子が、サークルの飲み会をどこでやるか、幹事は誰か、そういえば、ねぇしってる?、えりことうっちー付き合ってるらしいよ、まじで、えー意外。右の席では、・・・、左の席はない、廊下だ。あれ、この光景はどこかでみたことのある、だからー、二時間ずっと座ってるだけでいいんだってー、創作居酒屋とかよくない?なくなくない?あ、あ、あ、ただイママイクのテスト中。 教卓の上には、台形が回っている。 それにしても、騒がしい教室だ。教授が、垂直二等分線を書いている間は、静かなのに、この同じ長さの直線が、違う長さに見えることについて説明し始めると、教室は騒がしくなる。ああ、この光景は見たことのあル。前の女子はコンビニでタバコを買うお客さんに文句を言い始める。後ろの席のイカした男女二人は、実はあなたの子供ができたの。目に見えないところで、事態は進んでいる。右の席にはスピーカーが置いてある。そこから、あ・あ/も/・・か・・・・ラ・・・・HAHA・・・・もう・・あ・・お・・/ソ・・り・・だ、か、ら ああ、この光景は、みたことのある、 僕が気づいていることに、彼女は気づいたので、彼女は僕に近づき、指よりやわらかい触手のような指先を僕の唇にすべりこませる。さっきまで、僕は3551と書かれた教室で、錯覚についての授業を聞いていたのに、「これがこの部屋に住むいのちへの制裁だと思った」という言葉が頭をよぎると、フラッシュバック、僕の部屋には、パソコンがある。白いスピーカーがある。茶色のコーヒーメーカーがある。17インチのテレビがある。散らばったプリントの中に、台形が描かれている。江國香織詩集がある。あなたの赤い手紙が挟んである。それらはすべて、目を閉じながら、想像することができた。なのに、おまえは、なのにおまえは、 ああこの光景はみたことの、ない。 お ま え は だ れ だ #2 僕は制服を着て、修学旅行の最中と思われる団体バスに乗っていた。 トンネルの中ではないけれど、トンネルの中のように暗い。 窓の外から拳銃を構えた警察官が見えた。 彼の前を通り、二つに分かれた道路にバスが入っていく。 行き先はやはり、トンネルだった。 しばらく走ると、少し開けた場所にでた、と感じる。 次の瞬間には、上からとてつもなく重い物体が落下してくるような気がして、僕は「逃げろ」と叫び声を上げ、窓から飛び出す。下半身がそのとてつもなく重い物体につぶされたのに、痛みはなかったから、僕には脚があった。どうやらここは、スクラップ場のようなところらしい。さっきまで乗っていたバスがスクラップ、どころか白と黒の破片となって、僕がここに来る前から白と黒の破片だった、白と黒の破片達と一緒に、さっきまで乗っていたバスと僕以外の人間が白と黒の破片となってしまった。 * * * 弾丸が、発射される瞬間の映像を視覚した。 僕は弾丸が飛んでくるのを確認してから、リズミカルに白と黒の破片が散らばったスクラップ場を飛び跳ねている。僕を処分するために彼らは僕に標準を合わせて、ロケットランチャーを打っているはずなのに、弾丸は一定のリズムで飛んでくる、放たれる瞬間はわかっているから、僕は一定のリズムで飛び跳ねるだけで回避することができた。彼らは僕を殺すつもりがあるのか、と考えながら、リズミカルに僕はスクラップ場を飛び跳ねている。彼らは僕がリズミカルに飛び跳ねるのを見て楽しんでいるのかもしれない、と考えながら、白と黒の破片の散らばったスクラップ場に弾丸が、衝突、飛び散る白と黒の破片を横目で見ながら、僕は軽やかなステップで、殺意のない弾丸が飛んでくるリズムに合わせて、踊っている。白と黒の破片と舞っている。 #3 なみだは りょうしつな なとりうむ です ぼくは きょうしつな ぶったい です なみだを はこ に ためて かいがん のきれいな すなはまに もっていきます なみだ は りょうしつな なとりうむ です とても かなしい なとりうむ です * * * お久しぶりです。覚えていますか。わたしです。あなたの好きな私です。お手紙 は初めてですね。いえ、正確には、あなたが読むのは初めてですね。そう、私は 毎日あなたに手紙を書いて、毎朝郵便受けを覗いて、何も入ってない日にこの手 紙を出そうと思ったの。だからこの文を書くのも、初めてじゃないのよ。毎日同 じ手紙を書くの。そして毎朝ポストを覗くの。今日はピザ屋の広告があった。不 動産のチラシがあった。水道料金の払い込み通知が来てた。明日は何がきてるの かしらって、あたしがなんでそんなことをするかっていうとね、あたしの手紙が 別の何かと一緒にあなたの郵便受けに納まっていることが嫌なのよ。だってね、 いつもあなたがそうするように、いらないチラシと一緒にあの、くすんだ緑の棺 桶に納まりたくないの。そういえば、いつだったかしら、あんたの郵便受けに見 慣れない封筒が合ったから、あたいどうしてもきになって、バールでこじ開けた のよ。だって、気になるんだもの。驚かせてしまったかしら、ごめんなさい。で もどうしても気になるのよ。あなたのことが、あなたはいつでも無防備にポスト をみるでしょ。それがすごくうらやましいのよ、毎朝ね、家を出るときと帰って くるとき、それがまるであなたの居場所を行き来するための一連の動作として、 家をでる、鍵を閉める、エレベーターのボタンを押す、乗る、降りる、ポストを みる、そうやってあなたの無意識の当たり前に、なりたいの。だからね、あの見 慣れない封筒に書かれた住所に、私いってみたの。正直、すごく怖かったわ。だ って、宛名は女の人の名前だったし、福岡なんて、ここから遠いところよ、でも 、あなたのために、あなたの無防備で、無意識で、デリケイトなところに、入り 込むなんて、余程傲慢で、憎らしい奴にちがいないじゃない、そんなやつとは関 わらないほうがいいわ、今後一切。ふふ、でもね、安心して、もう、大丈夫だか ら。 さぁ、一緒になりましょう。 この手紙を読み終えたら、窓を開けて、外を見て、私、待っているから。 * * * 手紙が届いた。 舐めてみた、塩辛い。 料理研究家の友人に、この手紙を見せると、 またなにか、ひらめいたような顔をして、恋愛ドラマが見たいと言った。 きっと今度は、「あいは りょうしつな なとりうむ です」と言うに違いない 。 狂っている。 僕は自覚しているだけ、マシだと思った。 #4 詩人は狂人であると政府は見なし、僕と詩織を含む、7人の詩人を街の一角に幽閉した。 僕が見た詩織は、ショートカットで、長い手足がすらりと伸びた女の子だった。 虚ろな眼で両親を探す彼女は自分が詩人で、世間では狂人と見なされていることを知らない。 詩織は無防備な格好で、酒場にたむろする野蛮な男たちに、声をかけてまわる。 「あ、あたしの、 りょ、 りょうしんを、しりまあ、せんかあ」 男はうすら笑いを浮かべ、 「あぁそいつなら、ここの二階にいるぜ」 と、言った。そんなはずはない。詩織に両親はいない。 けれど、詩織が生みの親を探すのは、詩織が生きていくためのたった一つの希望なのだから、僕にはとめることができなかった。 「あ、あ どうも、 あ、ありがとお 」 詩織の表情は相変わらずだったけれど、たどたどしい足取りがわずかに、軽やかであるように見える。 行っちゃだめだ 声が上手く出ない。 行っちゃだめだ 行っちゃだめだ 詩織がドアを開けると、HAHAHAHAHAと高笑いをあげながら男のボスが銃を乱射する。 詩織のきれいな顔に目に、口に頬に、肩、胸、腹、太股に銃弾がぶち当たり、詩織がはじけ飛ぶ。 はじけ飛んだ、詩織 「行かないでくれ」 と叫んだ声は、詩織の耳に届いたのだろうか。 * * * 僕の押さえ切れない衝動が、残りの五人の狂人達を解放させる。 Αγaπη、Θaνατοc、Nihility、Φuση 、 最後の一人は名前の知らない人間だった。 布切れ一枚で横たわる起伏に富んだ身体を見て、僕は“女”と知覚する。 興奮で研ぎ澄まされた僕の感覚は、彼女の魅力を直接、視覚・嗅覚で受け止める。 彼女を押し倒すと、女の甘い匂いがした。 僕は自分の体と彼女の体との違いを確かめるように、全身を触覚する。 彼女の体は、別の生き物であるかのように柔らかかった。 彼女は何も言わずに僕を受け入れ、愛情表現とは程遠い、動物のようなセックスをした。 嗚咽混じりに、 「勢いにまかせた、セックスは好きよ」 と、彼女は言った。 亀頭がぐるぐるとまわりながら、程よく僕は絶頂を迎える。 彼女の中に出しながら、セックスとはこんなにも気持ちいいものだったのかと思い、そのときはもう、はじけた詩織のことなど、どうでもよかった。 #5 ポケットの中には、ミニチュア人形があって、ふとした時にそれを手にとって、ああこれは“怒り“だな、コンビニのゴミ箱を蹴り飛ばして叫ぶ、青年の怒りだなって、僕は思い出す。あるときは、青年が叫ばなくてはいけなかった理由を考え、またあるときは、青年に怒りをもたらした出来事が僕にじゃなくてよかったな、と思う。他には”過ち“という人形もあって、援交少女の、過ち。性と言うものが取り返しのつかないものであることを、それが生きることや死ぬことと同じように、尊いものであるということを、彼女に教えてあげたい。そんな”過ち“人形も、僕がどうしようもなくむらむらしているときは、ちゃっちなおもちゃに早変わり、制服の上からシャワーで水をかけて、濡れた彼女を抱きしめて、透けて見える水玉模様の下着、膨らみかけた胸。張り付いた制服を、もったいぶるように一枚、一枚剥がしていくと、露わになった乳房、未成熟な体はまだ何も知らないかのようで、実は知っているから、奥ゆかしい。彼女の体に滴る水滴を、一粒一粒丁寧に、舐めていく、それはまるで何かの儀式のように、厳かに、静粛に、尊い一粒一粒を、濡れた子猫のような彼女が、子犬のような僕に舐められていく。 詩織は、僕のミニチュア人形をみて、“怒り”には“嘆き”と、“過ち”には“憂い”と名づけ、自分のポケットにしまった。大事に大事に、壊れないように、割れないように、もう二度と、僕が醜い感情を抱かないようにと、それを自分のものとして、僕の人形には、優しい感覚が上書きされた。詩織、いつも他人のことばかり考えているから、自分のことなんかおざなりにして、そのくせ、人に優しくされたことがないから、僕があなたのために、なにかをしてあげると、性欲の発散の仕方を知らない家猫のように、そわそわして、きょとんとした顔で、少し困ったような目で、その瞳に涙を溜めて、僕を見て、何も言わないから、教えてあげる、愛とはなにかを、真実と愛は隣り合わせであることを、君は僕のそばにいればいい、もうどこにもいかないでほしい、詩織、キスをするよ、抱きしめるよ、体の隅々まで舐めてあげるよ、気持ちい時は、声をあげていいんだよ、言わなくても詩織、君は艶やかな声を出して、そう、愛されるとはそうゆうことなのだよ、素直でいることや、いられることはすばらしいことなのだよ、だから、僕は狂ったように、腰を打ち付けるよ、詩織、君と抱き合うことが、僕はほんとうに好きだよ。 #エピローグ 体が動かない。 もう一度、あの夢を もう一度 と、願えば願うほど、体は重くなっていく。 白い電気ケトルも、青いカーテンも、この部屋には不釣り合いな大きな黒い椅子も、僕ははっきりと理解できるのに、体を締め付ける、お ま え がわからない。 おまえはだれだ おまえはだれだ おまえはだれだ 目に見えるものが信じられなくなった今、僕に残された唯一の抵抗手段は対話だった。 おまえはだれだと、問い続けることさえ難しくなる程、体はきしきしと締め付けられていく。耳鳴りがさらに僕を追い込む。ああ、このまま僕の意識は途絶えて、夢とも現実ともわからない世界の中で、不確かなものに紛れて不確かなものとして存在するのだろう。おまえはだれだ、僕の邪魔をする、おまえはだれだ。僕はもっと詩が書きたい。今は、無性に詩が書きたい。 すると、今までの苦しみが嘘みたいに、ふっと体が解放され、耳鳴りはぱたりと止む。 そして、“おまえ“はゆっくりと口を開いた。 「私は、詩織。あなたは?」
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