投稿日08/21 01:02
「生きようって思い始めたのは…2」
柚谷ねこみち
あんたらから見たら「所詮ペットの命」だろうけど
私からみれば我が子みたいに可愛いかけがえのない命だったよ。
自分の手でミルクあげて育て上げた子をそう思うのはいけないか?
あんたの子殺して言ってやろうか?
「所詮腐った教師の子、命奪ったって大したことないよ」と
それで納得してくれるよね?
‥なんて思いつつ、(ホント病んでたなぁ当時の自分(笑)※今の心境ではないので悪しからず)まぁ休んだのは自分が悪いと補講をちまちま受ける日々。
あの頃学校に行けたのは精神的にかなり参っていた私(上記の心境がホントにヤバいですが当時の日記にホントにそう書いてあるから敢えて引用しておきます)を理解というか受け入れてくれた友人と、自分に関わりあいがあった教師の中で唯一猫を思って涙を流してくれた生活科の女の先生や、保健の先生が居たからだと思う。
まぁ別に、それ以外の教師がホントに腐ってるとは思わないし留年なく卒業させていただいた御恩もあるので控え目に言えば
「今でも私はあなたがたが大嫌いです」
この一言に尽きます。今でもたまに会って笑顔では居ますが顔と心は一致しないんだよって話ですかね。
いや違いますね、生きようと思い始めたという話です。
とにかくこの頃の自分はと言えば、失ったショック(世に言うペットロス)から派生した自己中な考えと満ち溢れた狂気で自分を刺すか相手を刺すかしか考えてませんでした、白状します。
死にたかった
こんな世界に生きてたって無駄だと思った。
生きる意味はどこにある?
私の世界の中心にはあの子が居た
それを亡くして、どうやって生きれば良い?
真っ暗な人生だと思うなかで、火葬場からの帰りに母が言った言葉を思い出した
「生きてるものは‥生かされてるものは、一生懸命生きなきゃいけないの」
思い出したところでこの言葉を理解できるほど私の心には器が無かった
生かされてる
誰に?
誰に生かされてる?
今になってようやく、それが何なのかわかりかけているけれど‥証明はきちんと出来ない
それでも私は、私の命に対しては間違いなく言える
私は生かされてる、と
ここまで書いて眠たくなりました‥続きはまた次回に。
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