吉田群青 短編集





朝、あくびをした瞬間に、蝉が一羽、体内に入り込んだ。
と、書き始めて思ったのだが、蝉の単位とは何であろうか。
蝶々は一頭、うさぎは一羽、幽霊は一柱、人は一人。
少し考え込んだが、やはりあの、ひらりと飛びたつ様からして、一羽、と数えるのが妥当であると思う。
ということで、朝、蝉が一羽、体内に入り込んだ話に戻るが、蝉のために今日は一日中、何事にも集中できなかったのである。
図書館へ入ると、胸のうちでジイイと迫害されたように鳴くし、走るとジンジンと鳴きたてる。寝そべるとジャア、と怒ったように鳴く。
やはり蝉にも感情があり、興奮したり悲しんだりするのであろうか。
料理を作っているときにもジインジイン、と鳴くので、胸の真ん中を軽く叩いた。
すると、おとなしくなった。
おとなくしなって、何分か経過すると、臍のあたりに何かがぽとっと落ちた気配がした。
料理を中断して椅子に座る。臍のあたりをなぜてみる。でも、何も聞こえない。
蝉は、人間に育てられなければ、一か月ほど生きるそうだ。
もっと大事に大事にしてやればよかった。話しかけたり、そっと揺らしたりして。
そして冬になったら冬の世界を見せてやればよかった。
少し後悔して、その日は眠った。

翌朝起きると口がかさかさする。のどの奥から何かが這い上がってくる感じ。
口を開けると、蝉が精巧な機械のような格好で、空へ飛び立っていった。
案外たくましいな、と思って少し笑う。
もうすぐ夏が終わる。



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