吉田群青 短編集


ろまさん


ろまんちすとの、ろまさん
という人が居た

ろまさんとわたしは
高校生のときに知り合った
夢想しているような人が窓際にいるなあ
とわたしは思い
それと同時にろまさんも
詩人のような人が廊下側にいるなあ
と思っていたらしい

ろまさんはよく夢想した
箸を可哀相な恋人達
机を茶色い王国
学生鞄を氷の牢屋
教科書を温かなバウムクーヘン
とそれぞれ呼んだ

しかし何故か
女の子の上に夢は描かなかった
ろまさんは勉強が物凄くできたが
女の子にはもてなかった

しかし高校二年の春
そんなろまさんにも恋人ができた
彼は恋人を
まだ青いうちに摘まれた苺ちゃん
と呼んで得意げに笑った

ろまさんと苺ちゃんは
ぴったりの組み合せに見えたのだが
どうしてか
どこかが痛々しくて正視できなかった

それを指摘しても
ろまさんは

そりゃあそうだ
僕たちは言わばまだ光らない一番星だからね

等と解らないことを言うばかりで
ろくに耳を貸してくれなかった

ろまさんの夢想は
その頃にはもう
現実に即さない
意味不明のものになってしまっていた

余程うれしかったんだろう

それから半年ばかりして
苺ちゃんが妊娠した

ろまさんは眼を充血させ
どんどん痩せていった

多分おれの子供じゃないんだ
とだけ言って

ろまさんは
最早ろまさんではなかった
ただの狼狽する男の人だった

それから苺ちゃんは
高校に来なくなった
ろまさんも
早退ばかりするようになって

いよいよ臨月だった

それは神無月
ろまさんとわたしが初めて会ったときのような
すかん、と晴れた日だった

ろまさんが死んだ

屋上から飛び降りたのだ
くつをきちんとそろえて

遺書は無かったそうだ

わたしはお葬式に行かなかった
そのかわり
ろまさんが飛び降りたのと同じ高さのビルに上がってみた

神様はみんな
どこかへ行ってしまったから
今ここには居ない
ということが何故だか強烈に実感できた

わたしは
ろまさんのことを考えなきゃならないのに

だけど思い出せなかった
ろまさんがどんな男の人だったか
においもかたちも声すらも
もう随分とおいところへ行ってしまったんだろう

その日は結局
うまいこと泣けなかった

それから幾年も経って
ろまさんが昔話になった頃に
わたしは街で偶然
苺ちゃんを見た
苺ちゃんはもうすっかり完熟していて
ろまさんにどことなく似た旦那さんと
小さいろまさんを連れて
楽しそうに歩いていた

なんという悲劇だろう
あれは
ろまさんの子だったんだ

その夜わたしは
ろまさんの為に初めて泣いた

死ぬことなかったじゃないか

とか

ろまさんが
りありすと、ならよかったんだ

とか思いながら

ろまさんの墓は母方の実家がある
島根に建てられているらしい
十月になったら
神様と一緒に
会いに行こう

そう思って
泣き腫らした眼で
手を合わせた



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