吉田群青 短編集
ともだち
子供の頃、隣の家へ引っ越してきた一家があった。
父親と母親と娘の三人家族。
みんなおそろしく顔が整っていた。
しかし、引っ越しの挨拶に来たその人達を見た時、わたしはわけもなく震え上がり、おもらしをしてしまったのだ。
ひどく叱られたことを覚えている。
その日以来、母親の言い付けで、わたしは隣の娘の遊び相手になることとなった。
いやでいやで仕方がなかった。
砂遊びをしていても、ままごとをしても、娘はくすりとも笑わない。その癖、別れ際には抑揚のない甲高い声で『楽しかった』とか言うのである。
あの日もそうだった。いつも行く公園で、わたしとその娘はぶらんこに乗っていた。
ひどく暑い日で、どこからか鉄のにおいが漂ってきていたことを覚えている。
ぶらんこは一つしかなかったため、代わりばんこに乗って背を押し合っていたのだが、何度目かに娘の背を押した瞬間、ふと、わたしの心にある衝動が芽生えた。
遊びにあるまじき強い力で、ぶらんこを押してみたくなったのだ。
そしてわたしはその通りにした。
娘は空高く舞い上がり、一番高い地点で、手を滑らせて地面に落ちた。
ぶきっ、といういやな音を聞いた。
鉄のにおいがいっそう濃く漂った。
のろのろと傍に歩き寄ると、娘は関節があらぬ方向に曲がり、明らかに重傷である。
知らせに行かなきゃ、と踵を返した時、足首をすごい力で掴まれた。
見下ろすと娘が笑いながらこちらを見ていた。
よく聞くと、キィ、キィ、とぜんまいか歯車のようなものが軋む音が聞こえる。口から油のようなものがぼたぼた滴っていた。
その後のことは覚えていない。
気がつくと、家でご飯をたべていた気がする。
少ししてから一家はまた、慌ただしくどこかへ引っ越していった。
一家が挨拶に持ってきた菓子折りが台所にあり、母親に食べるよう言われたが、わたしはどうしても手を付けられなかった。
鉄くさくてたまらなかったのである。
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