吉田群青 短編集


キリスト



水曜日
僕は喫茶店のテーブルに座って
哲学者のように沈黙していた
ミミ子に別れを告げられたのは
先週のことだった

ミミ子は犬が好きだった
犬を飼うのでイサオとは別れる
と云うのがミミ子の出した最終結論で
意味が不明だと思うので説明すると
ミミ子が飼う犬と云うのは
アリスケと云う男の持ち犬で
つまりそれはその
ミミ子は犬を飼うと同時に
アリスケと一緒に暮らす
と云うことであった
アリスケと云うのは僕の友達で
こないだ3人で鍋パーティーをやった
ええと
つまりそういうことだ
2人がいつできちゃったのかは知らないが

おれのどこがいけなかったんだよ
とか
そういうことは一切頭に浮かばなかった
ミミ子がこれから飼う犬でアリスケが既に飼っている犬
と云うのはシー・ズーだろうか
ペキニーズだろうか
それともゴールデンレトリバーだろうか
と考えていたのである
アリスケの家に遊びに行って見せてもらおうかな
と考えていたのである
でもそれは無理だよな
と思い直して
もう一口アメリカンを飲んだ
冬っていうのは寂しい季節だと思う
人が硬化する季節である
僕の胸も例に漏れず硬化して
笑いすら浮かべられない状態になっていた

喫茶店はそろそろラストオーダーの時間で
確か昼くらいに僕は来店したので
正確を期すならば8時間
時給750円のアルバイトならば
大体6000円貰える
それくらいの時間を
僕は無為に過ごしてしまったのだった


喫茶店を出ると
街はイルミネイトしていて
もう直ぐクリスマスだよなと思う
西洋の聖誕祭をこんなにも喜んでしまう
日本人って民族は本当に間抜けだ
間抜けといえば僕もそうだ
クリスマスを独りで過ごすのは厭だなと思う
独りで過ごすのが厭だから彼女つくろうかなとか思う
だけど
どうすればいいんだろう
ゆるゆる考えながら
めがねを曇らせていると
ペットショップの前を通りかかった
入ってみるとハムスターが安く売られていた
ハムスターってのは可愛いねずみのことだ
もわもわしていて柔らかそうで
だけど未開拓地の村ならば
間違いなく食用にされる類の小さな生き物
ずいぶん迷った挙句に
僕は心臓くらいの大きさのハムスターを買った
財布の中にまだ少し金があったので
ひまわりの種も買った
帰る途中
携帯が震えて
ぱちっとひらくとアリスケからで
3人でクリスマスパーティーやんねえ
とか言う
誰がやるかボケナス
と答えて切った
切ってからすぐに
ハムスターの名前はキリストにしよう
と思いついた
クリスチャンからは怒られるかも知れないが
でもそうしよう

路傍で立ち止まってケージを開き
キリスト
と呼びかける
既に寝入っていたが
もう一度
キリスト
と呼びながら
指先でそっとさわると
幸福を具現化したようなさわり心地で
何故だかは知らない
すこし泣いた





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