吉田群青 短編集


パーティーバーレルと可哀想な子供



パーティーバーレルというものを買った
パーティーなんかしないんだけど
なんとなくあれを胸に抱いて
幸福な顔をして走っていくふりをしたくなったのだ

パーティーバーレルは暖かかった
そして案外重かった
スパイシーな匂いが体内に充満し
それだけですっかり胸焼けだ
もう何も食べたくない
わたしはしょんぼり肩を落とし
アパートがある路地裏へ
とぼとぼとぼと入っていった

路地裏はひんやりとしていて
街灯が点在している
あんまりどこも暗いから
それは昼間でも灯っている
まるでスポットライトみたいだが
現実は舞台みたいに美しくないし
照らされるわたしも美しくないし

少し歩いてふと腕時計を見る
午後五時で止まっていた
世界も午後五時で止まっているような気がした
だって夕陽が空に貼りついているのだ
さっきからびくとも動かない

わたしはそのまま路地裏をうろうろ
知らない角を曲がってみたら
葬式をしている子供らがいた
しくしく泣いている少年と少女は
きちんと黒い喪服を着て
白いひなぎくの束を持って
小さい箱に向かっていた
箱の横には煙を垂れる線香が三本
わたしがおそるおそる近寄ると
二人は怯えたように寄り添ったが
この度はどうもご愁傷様です
と言うと 安心したように頭を下げた
箱の中には何か毛に覆われたものが横たわっていた
よくよく近づいたらそれは縞の猫で
力なく眼を閉じていた
ちゃんと手を横に揃えて

少年がわたしの背中から
それは僕らのお母さんです
と言った
少女があとを引き取って
あたしたち二人っきりになっちまいました

わたしは二人が可哀想になって
パーティーバーレルを全部差し出した
これはあなたがたにあげますよ
二人は顔を見合わせて
小さな歯を見せて笑い
賞状をもらうみたいにしてそれを受け取った

役に立ってよかった
わたしはその場を去り
またとぼとぼと路地裏を歩いてたが
なんだか気になって振り返ってみた
鼻先でパーティーバーレルを押している二匹の仔猫が
いたようないなかったような

腕時計は動き出していて
遠くに貼りついていた夕陽も沈んでいた
何が確かで何が不確かなのか
それすらよくわからなかった

路地裏はまったく鬱々するほど暗くて
わたしのポケットにはお金もないし
抱いていたパーティーバーレルもなくなったし
でも一応幸福そうな顔で笑ってみた
本当に幸福なわけじゃないから疲れる
すぐにやめた

はやくアパートに着けばいいのに
そうしたら誰かがわたしを待っていればいいのに
早足で歩けば歩くほど
つまづいてしまうよ
笑えるね




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