吉田群青 短編集


「Washes in Wonderland」



先日から洗濯機が壊れているので
(浴室のドアーを開ける)

手で洗う他 方法が無い
(浴槽にぬるま湯を注ぐ)

浴室の鏡の向こう側には しかめ面の女がいて
(抱えていた洗濯物を投げ入れる)

自分だと気づくまで数秒かかった
(洗剤をスプーンに半杯おとす)

ナイロンのワンピースが肌にちくちくする
(洗濯物がまんべんなく浸ったのを確認して浴室から出る)

(そのまま十五分待つ)

何度見ても浴室の壁は見慣れないほどに白く
(一枚一枚もみ洗いをする)

シャワーヘッドが銀色にちかちかとまぶしい
(汚れた水を抜く)

シャンプーと石鹸の混じりあった匂い
(もう一度ぬるま湯をひたひたに注ぐ)

あるべき場所に収まった歯ぶらし
(押し洗いをしてすすぐ)

少し胸がざわめく
(良い加減で絞る)

静謐すぎて不安だ
(ぬれた洗濯物をかごに入れる)

まるで完璧な静物画のようで落ち着かない
(かごを右腕で抱えて浴室のドアーを開ける)

時計を見るともう夜も更けて
(そのまま一直線にベランダへ出る)

湿った外気に微かにジバンシイの香りが混じっている
(洗濯物をつまみあげて干してゆく)

隣の部屋に同棲している男だろう
(ぽたぽた落ちる水が豪雨のようで)

ベランダに出ているらしい二人の話し声が
(思わず眼を閉じてしまう)

幸福な速度で眼前を通り過ぎていった
(下着がまだ少し汚れている)
(生きているということを実感する)

ハンガーが足りないので部屋から持ってきた
(野良猫が交尾している声が聴こえる)

まるで骨格標本を抱えているような気持ち
(クーラーの室外機の細かな振動)

眼前でふらふら揺れる洗濯物は
(空が不穏な動きをしている)

かわいそうなくらい頼りない
(明日は雨かもしれない)

最後の洗濯物を
(どこからかラッキーストライクの匂いがする)

いたわるように優しく吊るしたら
(深呼吸したら昔の恋人を思い出した)

もう洗濯はおしまいだ
(独りきりで居ると変なことばかり思い出す)

振り返ると小さな部屋に蛍光灯がしらじらとしていて
(メンソールに火を灯す)

わたしみたいな大女がこんな小さな部屋に収まれるなんて
(夜空に牛乳を流したように煙が流れてゆく)

なんて不思議なことだろう
(わずかに星が出ている)

ワンダーな独り暮らし
(ワンダーな東京)

新しい洗濯機が欲しい




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