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想い人
R指定:---
キーワード:千里と千明の過去。思い出。
あらすじ:眠る仁の顔はふと過去を思い起こさせた。
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もぞりと仁は寝返りをうった。
その寝返りで千里は目が覚めた。
時計を見ればまだ午前3時過ぎだった。
小さな灯りが付けられた暗めのオレンジの部屋。
こちらに顔を向け、眠る仁。
ベッドから出て、煙草の箱を手に取った。
「……」
仁の隣で眠る千歳に目がいって、箱をテーブルに戻す。
明日から夏休みとおおはしゃぎ、結果仁から離れず川の字となったのだ。
再び仁の顔を見る。眠る仁の顔はふと過去を思い起こさせた。
―想い人―
それはちょうど10年前。
千明が東雲家に来た年の7月だった。
高校2年の千里と中学1年の千明がいた。
「あ……」
カバンを持った千明とすれ違う。
「出掛けるのか」
「あ、うん」
「どこに?」
千里はなんとなく聞いた。
「え、っと。仁に会いに、というか」
「仁?」
千明の親友になんとなく興味が湧いた。
千明についていったのはそんな理由から。
千明が住んでいた街はそれほど遠く離れていたわけではない。千明と仁が決して会えない距離ではなかった。
電車を1つ乗り継ぎ、千明との会話もなく、千明の住んでいた街に着いた。
まだ、これといった共通の話があるわけでもなく、二人は無言で歩く。
10分ほど歩いた先に仁の家はあった。
そっと千明は家を伺う。
「ここが仁の家か?」
「うん」
仁の家は人気がなかった。出掛けているのだろう。
「部活かな」
千明が通うはずだった中学のグラウンドを覗く。
野球部、陸上部、サッカー部。
「いるか?」
「……いない」
けれど意外にも仁は近くにいた。
「あんの、バカ力。まだ関節いてぇ。西野の奴」
ははっと笑う声が近づいてくる。
「あー、くそ。いてぇ。厚、明日西野の奴しめようぜ」
「よしきた! 千明がいたら癒されんのにな、仁」
「あー、千明の元気いっぱいの笑顔が見たい」
「あいつ、どこ引越したんだろなぁ」
「……」
声が横を通っていった。2人が角を曲がり消えた。
「話しかけなくて良かったのか」
千明は小さく頷いて駅への道を歩きだす。
「仁が元気ならそれでいい」
「会いに来たんじゃねーの?」
「……いいんだ」
きゅっと拳を握る千明。
「ヤクザだからな」
千明が振り向いて千里を見た。
「いつか言える時が来るさ」
「うん」
それが千里と仁の小さな出会いだった。
「千里兄さん、オレ、来て良かった」
「ああ、俺もだ」
「え?」
「なんでもない」
「……?」
何気ない出会いが、千里の本当の恋の始まりだった。
傍にいた千明ですら気付かなかった、千里の恋だった。
「お前、何最近こそこそしてるんだ」
何気なく日立に聞かれ、口角を上げる。
「付き合い悪いぞ、お前」
「うん」
同意するように棗が頷く。
「なんでもない」
ここ最近、仁のいる中学を学校が終われば見に行っていた。
「千里、恋でもした?」
言われて棗を見る。
「本当の……本気の恋、した?」
「……」
棗の洞察力に千里は白旗を上げた。
「……ああ」
「実るといいな」
「サンキュ」
いままで、本気で人を好きになるなんてなかった。
その相手が女であれ男であれ。
千里は遊びの恋を終わらせた。
それから千里は一途に仁を想い続け10年。
その恋が報われ、今千里の隣に仁がいる。
仁の寝息にキスを絡ませる。
「ん……」
仁が小さくうめいて千里に身体をすり寄せる。
「仁」
名を呼んでみる。眠る仁が返事をするわけないが、仁の名を呼んだ。
仁が動いて目を開けた。
「……千里さん?」
眠そうな瞳が千里を覗く。
「あれ?」
不思議そうに仁が千里を見上げている。
「どうした?」
「……ん、なんか誰かに名前を呼ばれた気がしたから」
「そうか」
千里は心の中で微笑む。
「千里さんが呼んだの?」
「そうかもな」
仁の頭をがしがし撫でて仁を抱き込んだ。
「暑いんだけど」
「そうだな」
同意しながらも仁を離そうとしない千里を見上げる。
小さなライトの灯りの中、仁の瞳の中に千里を映し出していた。
仁はまっすぐ千里を見ていた。
「千里さんに会えて良かった」
「……」
仁にあの公園で会えたのは偶然だった。
けれど、仁が千里の手に落ちるよう画策したのは千里。
いつか仁はその策略に気付くだろう。その時、仁が自分から離れなくなるくらい好きになってくれていたら、それでいい……。
2007/07/21
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