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 さぎり
© シゲヤマ 
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 R指定:無し
   小学校教師×六年生。これをホモというと怒られそうなくらい温いです
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十二歳は微妙な年齢だ。
「せんせー、聞き飽きたっす」
私は、机越しに頬杖をつく少年を、怒鳴りつけたい衝動に駆られて、ぐっと抑えた。
一昨年、教員採用試験に通って、実際小学校に赴任してみると、どうだ、子供のことなんてわからない、わからない。
特に今年は六年生の担任だ。何とかやり過ごした去年や一昨年とはわけが違う。進路が関わってくるというのに、
「話を聞け、さぎり」
叱られた当の少年は、背もたれに寄り掛かって、椅子の前足を揺らしている。
「怒んないでよせんせー。あと二ヶ月でさよならなんだから、もっと優しくしてください」
さぎりは口許だけを持ち上げた。
子供がそんな笑い方をするな、と言うと、今度は声を上げて笑った。

さぎりは私が好きだと言う。
私には、最近の子供の考えることがわからないし、自分の子供に「霧」と名付ける親もわからないが、さぎりはもっとわからない。
私は、私立中学の資料をもう一度広げた。
「いいか、お前の成績なら……」
さぎりはパンフレットをぱたんと閉じた。
「さぎり」
「おれがせんせーに好きっつったのが去年の春」
私の言葉を遮って、さぎりは綺麗な発音で喋り出す。
「さぎり、」
「アンタはこの一年、おれと手も繋がなかったね」
「さぎり、今はお前の進路の」
さぎりは私の顔を覗き込み、資料の上に置いたままの私の手に、自分の手を重ねた。
「ほら、これで一つ線越えた」
私は眉をひそめた。さぎりはそんな私を思い切り睨み付ける。
「せんせーは何でこんな簡単なことも出来ないの」
「さぎり」
「おれせんせーが好きって言ったよね、何でせんせーは俺に触ろうともしないの」
「落ち着けさぎり、」
私は馬鹿みたいに、少年の名前を繰り返した。彼の勢いは止まらない。
「リスクも犯せないアンタが、何でおれを好きって言ったの」


さぎりに好きだと言われたとき、私は何となく予感していた。子供の好意は無邪気で直情的で、もろに顕れるから。
相手が子供であれ、子供だからこそ、年齢を理由にしたくなかった。
『嘘でしょ』
さぎりはあっさり言い放った。
『言い訳だよそんなの、おれを受け入れる、』
さぎりは賢い子供だ。大人の都合を知った上で、私を追い詰める。
『せんせーはおれのことが好きなんだよ』
悔しいことに私は嘘がつけなかった。さぎりは全てお見通しだからだ。


「――私がお前に手を出すと犯罪だから」
「うん、そうだね」
さぎりは真顔で頷きながら、私の手をぎゅっと握ってくる。私はため息が漏れた。
さぎりは身を乗り出して、私の顔を両手で挟んだ。
「も一つ線越えようよ、せんせ」
払いのける気もしなかった。さぎりがぐいと顔を近づける。
「言っとくけどおれ諦めないよ、せめてキスするまで」
「……ことごとくお前にごまかしは効かないな」
「そーだよ諦めて、せんせ」
さぎりはにっこりと笑った。長いこと、私もさぎりも無言だった。本当にキスするまで離さないつもりか。
馬鹿野郎、私なんかまだ二十五だ、子供は大人という生き物を知らない、歯止めという言葉を知らないのだ。
さぎりの手は滑らかで柔らかい。私はさぎりを直視できない。ティーンエイジャーに差し掛かる、子供の肌に欲情するような私も私だ。
さぎりがさらに身を詰めて来たので、私もついに諦めた。

「……何今の」
さぎりは不満たらたらの表情だ。
「キスだ」
私がさらりと答えて、さぎりは爆発した。
「嘘!ふざけんなよ、こんな子供騙しな、せんせーの馬鹿!」
私は大声で笑った。キスに子供も大人もあるものか、私が犯罪者であることだけが真実だ。
「さっさと出てけ、あと十五分で次、宮井の番だから」
さぎりは左頬を押さえ、私を罵りながら、背中を押されて教室を閉め出される。
変声期も迎えていない、キンキン声が廊下を遠ざかってから、私は机に突っ伏した。
……まだ大丈夫、まだ我慢出来る、まだ――
子供は子供なりに煩悶しているのだろうが、大人はもっと大変なのだ。
それがわからない内は、まだ。
「失礼しまーす」
少女の声が扉越しに響き、私は起き上がって一人の教師に戻る。
「ああ宮井、入りなさい。ちゃんと扉を閉めて――」







2007/01/18
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