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 小さな莱慧の日々
© 隠紫 
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 R指定:無し
 キーワード:白虎・オアシス
 あらすじ:オアシスへ毎日のように通うようになった莱慧。。
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キィ。
幼子には重い扉を莱慧は押し開けた。
長く続く廊下を右左と誰もいないか確認して、背中で用心深く扉を閉める。
手には調理室からくすんできた長く太いパンを両手で大事そうに持ち、タッタッタッタッと軽い足取りで駆けていく。

笙威から受けた傷は生活する分には何も問題がなかった。
ただし弓の稽古などはまだ痛みが生じる。

ホワイトガーデンへ足を運んだ初めての日。
城へ帰り着いたのはいつだったのか。
莱慧が目覚めた時には自身の部屋のベッドにいた。
笙威に噛まれた肩辺りの傷もしっかりと手当てがされていた。

城の前で倒れていたのだという。
笙威が運んでくれたのだと莱慧にはすぐわかった。
傷のことを尋ねられても莱慧は決して口を開かなかった。
知られたら笙威が罰を受けるかもしれない。
友達を傷つけられたくなくて秘密にした。
莱慧はそれから毎日のように城を抜け出してホワイトガーデンへ向かった。


「また来たよ」

入り口に姿を現わした莱慧を出迎えるように、集まってくる鮮やかな小鳥たちが肩へとまる。
両手で抱えたパンを細かく契って、手のひらで潰してから指を開いた。
集まる小鳥たちに足止めを食らうが、莱慧の瞳には白い獣が駆けてくるのが見えていた。
風になびく毛並みすら美しく、莱慧は小鳥にパンを食べさせながらも心は笙威に奪われる。
気高い体が一つ跳躍したと思うと、莱慧の目の前へ現れ視界が覆われた。

「へ?あ…!!」

莱慧は背中を大きく打った。
だが下は自然に任せ伸びた草地。
衝撃はないとは言えないが首の傷だけだった。
パンも手放した莱慧の頬を舐める笙威は、上に乗り押し倒していた。

「びっくりしちゃったよ…おはよ笙威」

犬猫へするようにふさふさの毛並みを恐がりもせず撫で、莱慧は立ち上がった。
パンを見てまだ十分に残っている分を手に取り、むしりとっては粉々にして地面に蒔く。

「笙威にもあげようと思ってたんだけどね」

残念そうに少し下にある笙威の頭に、優しく手を置いた。
笙威はぴくっと反応し莱慧の持っているパンへ食らい付く。
柔らかいパンはふにゃっと折れ千切れてしまった。

「笙威?」

莱慧から奪った半分を口に走りだす笙威に、手の中にある切れ端を屑にする前に何かが聞こえた。
人の声に聞こえるが辺りには誰もいない。
小鳥たちが肩や手にとまるばかりだった。

『王の下へ行ってあげて』
『僕たちが莱慧の気を引いてるから拗ねちゃったんだよ』

口々に聞こえる声は鮮明に莱慧へ届き、笑いながら小鳥たちは飛び立っていった。
拗ねる?
みんな友達なのにどうして嫉妬する理由があるのか莱慧にはわからず、首を傾げるが笙威が走っていった足跡を追う。
だが莱慧にはそんなことをしなくても行き場がすぐに想像できた。
笙威は必ず泉にある大岩にいる。
確証はないが笙威が好んでいる場所だ。

「笙威…またここにいたの?」

案の定莱慧の勘は外れていなかった。
笙威は岩の上に横たわり莱慧が書いた拙い字をじっと眺めている。
莱慧は地面から足を離し岩に乗り掛かった。
俯せになり笙威の名を挟むように肘を顎置きにし、足をパタパタと動かす。

「笙威は話してくれないの?小鳥さんたちは話してくれたよ?」

莱慧はふさふさの毛並みに手を伸ばす。
笙威の毛並みに触れることは莱慧には癖のようなものだった。
絨毯よりもベッドよりもふわふわで気持ちのよいもの。
羽のようで雲に触れたらこんな感じなのかもしれない。

笙威には話すということがどういうことなのかわからなかった。
お互いに感じ合えるというだけではダメなのだろうか。
莱慧が示すものにピンと来なかった。

笙威の目の前で莱慧は満足気に瞳を閉じる。
笙威にとっては真面目な問いだったが、莱慧にとっては子供の気紛れだったのかもしれない。
オアシスとはもともと安らぎに訪れる唯一の空間。
笙威は当たり前のように遊びに来る莱慧に、本来の姿を忘れていた。
笙威は莱慧を起こさぬように頭を上げて、硬い岩の間に自身の体を滑り込ませる。
莱慧が心地よく体を休めるように。
炎天下で歩いてきたご褒美として。







2007/08/29
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