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大切なんだ、何よりも
R指定:無し
キーワード:台風・片思い・葛藤・文化祭
あらすじ:杉田は彼女がいる菅野のことが好きで。。
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「あ、雨…」
教室から見える荒れた風景に、机に座って紙花を作っていた杉田は顔を上げて誰に言うでもなく呟いた。
気付いたのは窓にあたる大粒の雨音のせいだ。
他のみなも作業の手を止めて窓の外を見ている。
明日は文化祭。
放課後の教室には細かいチェックと看板作りで少数が残っていた。
「明日の朝には通り過ぎるんだから手動かせ」
同じ居残り組の菅野の言葉に横を向き顔を上げた。
ひたすら紙花ばかりを作るように言われたために、杉田の足元に置かれた段ボール箱には色鮮やかな花が溢れんばかりに散らばっている。
杉田は指示した男を睨んだ。
目線だけで女の仕事を押しつけやがってと責める。
「何膨れてんだ?そんなに看板やりたかったか?」
「うっせぇな。どんだけ作ればいいんだよ。まだこんなあるし」
杉田は隣に置かれている紙の束を目の端で見つめ、うんざりしたように一つ溜息をついた。
看板を見れば、後は杉田の作っている紙花を回りに飾り、終わるところまで完成している。
本当に自分は紙花のために残ったのかと思うと、杉田は早く帰ればよかったと菅野がしていている悪戯にも怒る気がしない。
「お前何してんの?そんなに機嫌損なわせたいのか」
「いや?可愛いと思って。それに俺の杉田くんが看板作りで怪我でもしたら文化祭どころじゃ…」
「言ってろ…」
菅野が付けた頭の紙花に、女子は可愛い〜とデジカメを二人に向けて、杉田の心境としてはどうにでもなれという投げやりな気分だった。
菅野の言い訳もどうでもよくなり、菅野の彼女である道永へ視線を向けた。
委員長の道永は働き者の誰もが認める美人で大和撫子だ。
外見に似合わず芯が強く、菅野もそこが気に入ったのだと話していた。
道永も杉田へ気付き手を振ってくる。
道永に手を振る様子もなく杉野は下を向いて紙花へ手を伸ばし、やることがなくなったのか杉田の手伝いに加わった。
「何無視してくれちゃってんだ?」
「ってぇ…暴力反対」
道永がぽかっと菅野の頭をゲンコツすると、大げさに上げる声が万更でもなく聞こえる杉田は、空笑いになる。
次々に声を掛け合い帰っていく姿に、大体終わったんだなとがらんとした教室を杉田は振り返った。
道永は菅野の隣へ腰を落とし、三人で紙花を作り始める。
「杉田は好きなヤツいないの?」
「へ?」
菅野の肩に頭を寄せて折った紙を内側に広げていく道永は、突然の質問を杉田へ投げ掛ける。
仲良さそうに寄り添っているところを見ていたのが気付かれたのか。
それとも他に…。
杉田は自分自身にも聞こえる心臓の音を押さえることができず、自嘲した。
「……いるけど…望みなし!そいつには相手いるから」
言いづらそうにしている杉田に、菅野はポンと頭に手を置いた。
菅野が何を言いたいのかはわからない。
慰めてくれているのかと。
だが張本人から受ける慰めなど、惨め以外の何物でもなかった。
甘えたくなる。
言ってしまいそうになる。
杉田は我慢がならず、机から降りて花を置いた。
「ごめん!俺用事あるの忘れてた。先帰るな。文化祭できるといいな〜」
胸の鼓動が収まらないうちに、鞄を手に杉田は教室を出ていった。
悟られないようできるだけ今思い出したのだという顔をして。
廊下の静けさを窓に体当たりする風の強さが打ち壊していた。
杉田は少しホッとする。
これで自分の心臓は大人しくなってくれるだろうと思ったからだ。
菅野と道永が二人で紙花を作っていると思うだけで、杉田は冷静ではいられなかった。
状況を作ったのは自分のはずなのに、後悔だけが先に立つ。
「濡れて帰るか…」
雨雲から落ちてくるそれは、まるでバケツを引っ繰り返したような量で加えて横からの強い風。
天気予報で大型とは騒いでいたが、まさに巨大という名が相応しいものだった。
森林の枝が何本も折れているほどだ。
傘を持っていても意味をなさず骨組みが折れて無駄骨になるだろうと、杉田は初めから傘を差さずに昇降口を出た。
一歩足を踏み出しただけで全身に降り注ぐ雨に、顔を歪める。
「雨も滴るいい男になれば…って見てくんねぇよな」
雨の重さで全身がずっしり重く、足取りも思うように進まなかった。
杉田の中で二人をあのままにしておきたくないという気持ちと、早く逃げ出してしまいたいという気持ちが葛藤しているのだ。
「…菅野」
ぼそっと呟いた時だった。
それは呼び出したように現われた。
いまさらのように傘を開き差し出して、杉田の頭にタオルが被せられる。
だがそれも雨でほとんどが濡れていて杉田は冷たさにタオルを掴んで外した。
「そんな可愛い頭してたら襲われるぞ」
「…台風の日に、誰が襲うんだよ」
「台風だから襲うんだろ?」
変態どもだって暇してるからなと笑みを零す菅野は、真っすぐ杉田を見て頭についていた花を取らずにむしろ付け直していた。
そんな菅野が片手で傘など持てるはずもなく、風力に負けた骨組みは呆気なくボロボロになり逆方向を向く。
笑いが込み上げる中、菅野は後ろから杉田を抱き締めた。
冷たい雨に打たれ、風に吹き飛ばされそうになっても杉田は温かかった。
背中から伝わる菅野の温もりに包まれているようだ。
「道永置いてきちゃダメじゃん。彼氏失格なんじゃねぇの?」
菅野の腕の中に収まりつつ、嬉しがりたい気持ちを押さえても杉田は原因を突いた。
安易に早く彼女のところへ帰るように促す。
それが菅野にとって一番の優先順位だと、杉田にはわかってしまっているからだ。
「そうかもな…俺って親友思いかも。で?何でいきなり用事ができちゃったのか知りたいんだけど」
「できたんじゃなくて思い出しただけで…」
「ほぉ、それでは何の用事なのかな?」
「だから…」
菅野の質問攻めに、杉田は焦点の合わない視点をくるくるとどこかへ漂わせていた。
のけ者にされるのが嫌で…なんて言えない。
道永に嫉妬して…などもっと言えない。
逃げるにしても杉田は菅野に捕まり動けない状態だ。
一向に答えの返ってこない杉田に、菅野は腕を解き振り返らせる。
杉田の困惑していた表情が驚きに変わった。
「好きなヤツの名前言えよ。さっきいるって言ったもんな…いるんだろ?」
菅野の顔は真剣そのものだった。
杉田と少しある身長差を埋めるために菅野は腰を折る。
間近にある菅野の顔に、杉田は柄にもなく男相手に顔を赤らめた。
恥ずかしさと意識してしまう唇のせいだろうか。
杉田は首を横へ振った。
言えない。
言ってしまえば友達ですらなくなってしまう。
それだけは避けたかった。
「……わかった。なら代わりにこれもらってくんね?」
「後夜祭の…ダンパのじゃん!道永にやれよ!!」
「残念。もうそれはお前にしかあげられないの。いつものトコで待ってるから」
「あ、ちょっ…!」
満足のいく答えが得られないためか、諦めた菅野は半ば無理矢理に一枚の紙を押し付ける。
話も終わらぬうちに昇降口へ走っていく菅野の後ろ姿を見ながら、受け取ってしまったチケットを杉田は大事そうに鞄へしまいそうになって、裏側に書かれた文字が目に入り止めた。
濡れた手で受け取ったために今にも溶けて千切れてしまいそうな紙を助けるために、鞄に入っていた折畳み傘を差してしゃがみ込む。
「これ…」
杉田には信じられない単語が綴られていた。
ただ一言“好きだ”と書かれたチケットを見て、瞳が見開かれる。
その瞳からは雨にも負けぬ大粒の雫が流れ落ちた。
受け入れたくないと思う反面、嬉しくて涙を流している自分もいて混乱していた。
「キザなヤツ…」
泣き笑いのように紡がれた言葉には愛しさしかなかった。
杉田は今度こそチケットを鞄の中へ入れ、至福の時を満喫する。
彼女は?道永は?と思う心は捨てた。
間違いであっても明日菅野へ問いただせばいいことだ。
菅野は杉田にしか渡せないと言っていた。
その言葉が真実ならこれは菅野の気持ちなのだろうと思う。
疑うよりは、まず自分を信じ菅野を信じる。
確かな言葉を胸に杉田は破天荒だというのにいつまでも笑みを絶やさず帰宅した。
文化祭当日。
昨日菅野が言っていたとおり雲は北へ押し流されていき、快晴の空を杉田は見上げていた。
昨日の嵐が嘘のようで、杉田は自らの頬をむぎゅっと摘む。
真実でなければ困るのだ。
夢であってはならないのだから。
決意を決め杉田は登校してきた菅野へ駆け寄った。
「菅野、俺……」
菅野へ向けた杉田の応えは、一際大きい風に溶けていった。
その行方は菅野に届いたのか。
本人達と透き通った秋晴れの空のみが知る密事―。
−END−
長々とありがとうございました。
2007/09/02
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