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 それは苦手
© 朝芽 
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1月の寒いある日。
小雨のふる中俺は一人、ダンボールの前にしゃがみこみ悩んでいた。

「どうしよ……」

そのダンボールに向かってつぶやく。
正しく言うと、ダンボールの中の奴にだけど。

「クーン。クーン」

ダンボールの中のやつは、俺に向かって淋しそうに鼻をならして鳴いている。

「なんで見つけちゃったかなぁ俺」

俺はバイト帰りにスーパーに寄って家に帰る途中だったんだ。
いつもどおり河川敷を歩いていると、どこからか子犬の鳴き声が聞こえてきてそれがものすごく寂しそうだったから思わず探してしまった。
そして今に至る……という訳だ。

「捨てられたのか?お前」

人差し指で子犬の鼻に触れると、ペロペロと舐めてくる。

「腹へってんのか」

ペロペロと舐めていたかと思うと、次は指に母乳を飲むようにチューチューと吸っている。

「……怒られるかな」

そう言いながらも俺の上着の中にはすでに子犬が入っていた。
胸元からひょっこりと顔を出した子犬はなんだかご機嫌みたいだ。

「人懐っこいなぁ」

俺は少し早脚になって家に急いだ。


家につくと、さっそく子犬をお風呂で温める事にした。
雨にさらされていた小さな体は冷えきっている。

「ほらあったかいぞ」

そう言って手ですくったお湯を子犬の背中にかけるとキャンキャンと嬉しそうに洗面器にためたお湯の中にダイブした。

「うわっお前元気だなぁ」

犬用のシャンプーがないので、とりあえずばしゃばしゃとお湯で洗うだけにして終わった。
その間に暖めておいたリビングで体を乾かしてやると、興味津々に部屋中をクンクンと歩き回っている。

「とりあえず、牛乳やるか」

冷蔵庫から牛乳を取り出すと、皿にうつして軽くレンシレンジで温める。
それを子犬の前に置くと、尻尾が引きちぎれそうな程降ると口の周りを牛乳だらけにしながら必死で飲んでいる。

「風呂入ったばっかなのに……」

でも、犬は人間用の牛乳だと腹を壊しちゃうし明日買いに行かなきゃな。
と、そんな事を考えていると子犬がそわそわとし始めた。

「もしかしてトイレか!?」

俺はあわてて今日の朝刊を持ってくると子犬を持ち上げて、その下に敷いた。
次の瞬間シャーと新聞を濡らしていく。

「ぎりぎりセーフ」

さっき、お風呂に入れてる時に気付いたけど、この子犬はメスだ。

「それにしても、お前もしかして高い犬か?」

雨に濡れていた時はなんともみすぼらしい汚い犬だなぁって思ってたけど、今はふわふわの少しクリーム色がかった毛並みにストンと垂れ下がった耳、そしてぴょこんと跳び出たように小さい尻尾。
どう見ても雑種には見えない。
それか、純血種同士のMIXか……。
でも、たぶん大きくはならないだろう。

「一応このマンションって小さい動物は飼ってもOKだったよな」

どうして俺が犬に詳しいかというと、俺のバイト先はペットショップなんだ。
それなりの動物の知識は頭に入っている。
まぁ専門的な事になると別だけど。

「あっそれよりも飯!!」

犬に気を取られているうちに7時を回っていた。
なおとさんは8時に帰ってくるはずだから早く作らないと間に合わない。
帰ってきた時に、暖かい部屋と温かい料理で迎えるのが俺のこだわりなんだ。


「ただいま」

なおとさんは8時ちょうどに帰ってきた。

「お帰り。晩飯できてるよ〜」

そう言って出迎えると、なおとさんは「じゃあ着替えてくるね」と言って自室に入った。

「……いつお前の事言おっか」

子犬を抱き上げてそう言うと、子犬はきょとんとした顔でハァハァとベロを出している。
やっぱ早めに言った方がいいよな。


「お待たせ」
「なおとさん、お話があるんですが」

とりあえず、低い姿勢でいこうと俺は床に正座をして待っていた。
床暖房があるからあったかい……ってそうじゃなくてっ!

「どうしたの?」
「こいつを飼わせて下さい!!」

俺はそう言いながら、背中に隠していた子犬を前にもってきた。
しばしの沈黙が流れる。

「なっなおとさん?」

そーとなおとさんの顔を見ると、無表情のまま固まってしまっている。

「どうしたの!!?」

俺がなおとさんの体をゆすると、やっと動いてくれた。

「なんで……犬がいるの」

なおとさんの顔はひきつっている。

「もしかしてなおとさん犬苦手?」
「うん。ちょっとね……というかかなり苦手かな」

子犬が、なおとさんの方に一歩近づくと、なおとさんは一歩あとずさる。
相当苦手みたいだ。

「こいつ、河川敷の所で捨てられてて……雨に濡れてたし、腹もすいてたみたいだから連れてかえってきちゃったんだ」

なおとさんは静かに俺の話を聞いている。

「すげー人懐っこいし、きっとなおとさんも好きになると思うんだ。だから……こいつ飼っちゃダメ?」
「飼うのはダメだよ」
「でもっ」

俺が言おうとするなおとさんの言葉にさえぎられた。

「僕が犬が苦手だからって訳じゃないよ。僕も仕事があるし、結城もバイトがある。毎日長時間この子を一人にするのは可哀想でしょ?」
「……」

なおとさんが言う事は正論で、俺は何も言い返す事が出来ない。

「そんな悲しい顔しないで。一緒に新しい飼い主を探そう。それまではこの子もここにいてもいいから」

ね?と子供に話しかけるように優しく言われて俺は、「わかった」と納得しざるおえなかった。

「きっといい飼い主が見つかるよ。それまでの間で僕も犬を触れるように頑張ろうかな」

そう言って、子犬に手を伸ばすがやっぱり触れなくて伸ばした手をひっこめてしまった。
しかしそれを見た子犬は小走りでなおとさんに近づいて、膝の上にジャンプした。

「あっ」
俺がそう叫ぶと、嬉しそうに膝の上に座っている子犬に反してなおとさんはまた、固まってしまっていた。


それから半月ほどで、新しい飼い主が見つかった。
動物病院に里親募集のチラシを貼らせてもらったり、ネットで募集すると何通か犬がほしいという手紙やメールがきて、俺達は直接飼い主候補の人達と会って、一番ふさわしいであろうこの飼い主に決めたのだ。

「よかったね。いい飼い主が見つかって」
「うん。少し淋しいけど」

子犬を届けて家に帰ってくると、今まで走り回っていた子犬がいない部屋を見て淋しさがこみあげてきてしまう。

「いつか、僕達にもっと余裕ができたら飼おうね」

そう言って、頭を撫でられると子供のようにうん。とうなづいた。


しばらくして、子犬の飼い主から手紙が届いた。
中には手紙と、子犬の写真だ。
少し大きくなってもう子犬という感じではなくなっている。
とても幸せそうだ。
名前も『コロ』に決まったらしい。
ころころしてるからだって。

よかったなコロ。幸せに暮らせよ。

-END-








2008/02/27
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