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夏
R指定:無し
あらすじ:お国のための死を目前にした恋人たち。
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太平洋戦争末期、日本の陸海軍が頽勢(タイセイ)挽回の為にとった攻撃法を御存知ですか。
いまも昔も変わらぬのは、季節の巡りくらいだろうか。
あのときも梅雨が来て、夏が来た。
私がふたりの秘密を知ったのは、梅雨も始まりの時期──ここのところで気温も高く、寝苦しい夜だった。明かりもなく、雨の音だけが、ずっと続いていて……
そのなかで人の声音を聞いたのは、偶然と直感だった。
渡り廊下からすこしばかり雨のなかを歩いて、茂みを割ると、ふたりがいた。
幹に凭れ、雨に濡れ、互いの体の凹凸をかみ合わせるように、かたく抱き合って、何度も深い口吻けを交わしていた。
「…」
私の姿をみたカヲルは、胸のなかの一太をそっと離した。
私は驚きから、誰にも言わぬとかたく約束をし──それから、私達は親しくなったのだ。
*
「俺んちさ、妹が三人。母さんひとりで、いまどうしてるかな」
訓練と重圧の合間に、他愛のない談笑をするのは私達の常だった。私の言葉に一太は頷き、自分だって小さい体をしながら、弟が心配だと言ってくれるのだ。
「カヲル、お前は? 兄弟いんの?」
「兄がひとり──。お国の為に散っていかれた」
カヲルは寡黙な男で、愛国心は人一倍強かった。そしていやに現実的で、家に帰れたらという私達の話に、ちっとも乗っては来なかった。
「お前ら──帰ったらどうすんの? これから平和の時代になるんだ、幸せになれりゃあいいな」
一太は頬を染めてはにかみ、対してカヲルは、じっと畳を見つめるばかりだった。
健気で儚げな一太に対しても冷たいカヲルの態度に、私は度々カチンときた。それでも、あのときの抱擁の記憶があるからこそ、私は──。 一緒に夢理想を語る一太への好意は大きいものになっていったし、また反対に、戦争肯定派のカヲルとは、軋轢を感じていた。
あるとき小さな諍いからカヲルと喧嘩になり、その後に一太に言ったことがある。
「あいつは、お国の為ならお前だって捨てられるんじゃないか?」
……一太は、小さく笑って頷いた。
そうして梅雨の終わり、私は、ふたりとは疎遠になっていた。
初夏のけだるさも、睫毛を重くさせる日差しも、私達に生きている実感を与えた。しかし先立つ仲間を見送るときだけは、生きた心地がしなかった。
それでもカヲルは、顔色ひとつ変えないのだ。
そうだな、お前は、お国の為なら一太も見捨てられんだろ。
夏。
夏だった。
日差しが強くて、地面の照りがひどくて、熱い空気がそこらじゅうをなぶっていた。
整列した私達の前を、背筋を伸ばして通る彼の名を、私はくちにできなかった。
あんなに儚くていた一太が、どうしてあんな顔をできたものだろう。
将官が旅立つ者に敬を送る。
お国の為だなんて──
夏の、良い一日だった。向かっていくには丁度いい青空だった。
轟音をたて、操縦桿をたったひとり握って彼が行く。
彼がゆく──
…遠く、遠く見送る目に、涙に、夏の日差しが溢れ──私は嗚咽をのんでうつむいた。
「…、…」
ざわめきが、耳の奥で遠ざかる轟音に途切れ途切れだった。なにかを囲んだ仲間を割って、私は、驚愕に嗚咽さえ失った。
彼は、屈み込んで、泣いていた。
カヲルは、泣いていたのだ。
特攻隊──太平洋戦争末期、頽勢挽回の為に日本軍がとった攻撃法を御存知ですか。
そしてそのまま、彼は帰らず──のちにいった彼も、散りました。
私はあのときの飛行場に立ち尽くします。
辺鄙なところですから、あのときと、なにも変わらず。ただすべてが、ゆっくりと朽ちてゆく。
一太が最後に佇んだ場所も、カヲルがそれを追った機があった場所も、コンクリートは茂みに砕け──
残像だけが残ります。
あのときカヲルが泣いた場所に佇み、私は静かに追憶します。
また、あのときと同じ夏が来て──
変わらぬ姿で、ふたりは私の前に佇んでいるのです。
了
2008/04/09
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