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 赤松
© 七尾 奎 
作者のサイト 
 R指定:無し
 キーワード:平凡/高校生/眼鏡
 あらすじ:近付きたい。もっと……。 大好きな橘に想いを馳せる物語
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 HR、教卓に立ち議題について説明を行う橘を俺はぼんやり眺めてた。
 今日は春めいた気候で暖かくて、少しだけ開いた教室の窓から入り込んだ風が橘の黒髪を撫で、眼鏡に引っ掛かった。

 説明が終わると、視線をみんなに一巡りさせ、意見がある者は?、と訊いた。
 意見が出るのを待つ間に、橘は眼鏡を外し、優雅に髪を掻き上げ、眼鏡を直した。

 無意識の彼の動作に、俺はノートの隅に落書きする手を止めた。
 真面目な顔してみんなの前に立つ橘の慣れた様子に見惚れてしまう。

 橘は生徒会長。
 俺は成績学年一位。因みにワースト。

 俺は橘が好き、うん、かなり好き。
 ……だけど、橘は俺の事眼中に無さそう。

 それでもこうやって眺めていられる事が幸せだった。橘を幾ら観ていても怪しまれずいられる、皆にお昼寝タイムと称されるこのつまらぬばかりのHRが俺には至福の一時なのだ。

 暫くはこうやって橘を見てるだけで幸せだと思えてた。





 それが変わり始めたのは、あの日からだ。

 体育委員の俺。体育教師の雑用を安請け合いしたのが運の尽き。
 その日、観たいテレビがあると言うのに放課後遅くまで居残りさせられてしまったのだ。
 体育館倉庫で備品の点検をしていると、声が聞こえてきて俺は耳をすませた。

「橘」

 想い人の名を聞いてラッキーだと思った。橘とはイマイチ仲良くなれてなかったから、今日巧く行けば一緒に帰って話くらいなら出来るかも。そう思ったから。
 取り敢えず、橘が同一人物か確かめなければならない。
 橘違いだったら切な過ぎる。

 声がした方へと歩いて行くと、数人の人だかりの中心に意中の橘本人は居た。
 けれど、声を掛けられなかったのは、その集団が纏った雰囲気が何とも殺伐としたものだったからだろう。
 思わず身を潜め、様子を窺った。

「橘、お前さ、生徒会長なんてやってるもんだから調子ん乗っちゃってんじゃねぇーの?」
「俺達にそんな後ろ盾通じっと思ってんのか? タバコくらいでよ、一々ウッセェんだよ」
「……そうか、君達が素直に応じてくれるなら、先生方に報告するつもりは無かったが。
なら、仕方が無いね」

 そう穏やかに言って数人の輪の中で橘は出口へと踵を返した。
 いや、そんな煽るような真似、逆効果じゃん。
 思った通り、円陣を組んだ彼等に道を阻まれた。

「ナメてんじゃねぇよ!!」
「……」

 絶対絶命のピンチに、橘はまるで気にならないかの様に、あのHRの時と同じ表情のまま眼鏡を外した。

「君達こそ、もう少し大人になったらどうなんだ?
誰もが威圧されれば思うままになるとでも思っているのか? 幼稚過ぎてお話にならないな」

 こんな状態で、そんな啖呵切っちゃ、火に油を注ぐ様なもの。
 取り囲む男達の額には怒りから青筋が立っていた。

「どうした? 本当の事を言われて返す言葉も無いか?」

 悠然と微笑む橘に思わず見惚れてしまった俺は、一人が拳を振り上げたのを見ていたにも関わらず反応が遅れてしまった。
「橘!!」

 俺の叫び声と、ガツッと鈍い音はほぼ同時に発せられた。
 殴られた橘は一歩後ろに軸足をスライドさせ、頬の衝撃に耐えた。

 此から始まったであろう畳み掛けるリンチは、突然現れた俺の登場で制された。男達は俺を見て、一瞬だけたじろいだ。
 橘だけが俺の存在を無視し、口元から流れた血を制服の袖で拭った。

「君、余計な事しないでくれる? 此で正当防衛成立したんだからさ」

 ………?
 一瞬何を言ってるのか解らなかった。
 男達も俺と同じ気持ちだった様で、俺に集まっていた視線が一気に橘へと集中した。

「あ? 正当防衛? 何ヌかしてやが……!」

 口を開いた男の手首を素早く掴み、透かさず顎を突き上げる。
 早……!
 無駄の無い、型に嵌った動作に、橘の強さを本能で感じ取っていた。
 急所をヤラれた男は白目を剥いて、ガクッと膝を付きそのまま後ろへと上半身を倒しそのままピクりともしなかった。
 その光景は、驚き慄かせるには充分過ぎる。

「まだ、やる?」

 不敵な笑みで愕然としている男達を一瞥し、問い掛けた。
 怯え切った男達は蜘蛛の子を散らす様に出口へと向かって辿々しい足取りで逃げていく。

「スッゲェ…!」

 独りでに呟いてしまった俺に橘は苦笑した。

「神崎、彼を保健室まで運ぶの手伝って貰えないか?」

 視線で横たわる男を示し、俺は返事一つで承知した。

「OK」

 保健室に行き着く間に、俺は橘に尋ねた。

「んで? 職員室に行くの?」
「……あぁ、行かないよ。告げ口は嫌いなんだ」
「お人好しだねぇ」

 なんて言ったけど、本当は。俺の橘への好感度は益々アップしていたのは言うまでもなく。
 其れから俺達は一緒に居る時間が増えた。


 それはまた。別の機会に話そうと思う。



.







2008/04/30
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