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 PROMISE
© 七海 三咲 
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 R指定:---
 キーワード:社会人/遠距離恋愛/電話 ※精神年齢高め サイトはR18
 あらすじ:遠恋中のミコトとリュウの物語。私サイトにアップしている一話完結読み切り連載第一話。
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 夜の十時を少し回ったころ、決まって電話が鳴る。
 ミコトはいつしかその時を待ちわびている自分に苦笑した。
 こんな自分はガラじゃない、と常に思っているのに、 否定できない感情がそこにある。
 元は、お互いに欲求を満たすためだけに相手を求めた。
 誘われるままに、興味本意で抱かれた。
 自分がこの関係に溺れる筈はないと思っていた。
 しかし、今は。
「参ったな…」
 咥え煙草で、グラスを揺らす。
 元の自分は好まなかった種類の酒が、そこに満たされている。
 仕事を終えると何を差し置いても真っ直ぐに帰宅して、酒の用意をして、電話を待つ。
 自分がこんな事をしているのを、相手は知らない。
 悔しいから、教えない。
 逢いたいとは、決して言わない。
 自分からは、電話をかけない。

 電話が、鳴る。

 鼓動が早くなるのが判る。
 だけど、急いでなんて出ない。
 自分が溺れている事は、悟らせないように。

 留守電に切り替わる寸前で、受信キーを押す。
「もしもし?」
 不愉快そうな声を出して見せる。
 あくまでも、興味なさげな様子を心がけて。
『俺』
 低い声が短く告げる。
「馬鹿か、番通してあればお前だってくらい判んだろうが」
 電話の向こうの声が笑う。
『番通ししなくても、判るんだろう?』
「何言ってやがる。毎晩電話して来やがって」
『そりゃあ、惚れてるからな』
 照れるような台詞を、声色一つ変えずに言ってのける。
 こいつのこういうところに腹が立つのだと、改めて思う。
 自分には言えない。
 いっそ言ってしまえば楽なのだろうとは、思う。
 しかし、言ったら何かが崩壊しそうな奇妙な感覚がそこにある。
『惚れた相手の声なら、毎日聞きたいだろうが』
「こっちは付き合わされて、迷惑なんだよ」
 受話器の向こうから、グラスの揺れる気配を感じる。
「……また、冷酒飲んでんのかよ」
『ああ、お前は相変わらずワインしか飲まねえんだろ?』
「まあな」
 ミコトは応えながら、手にしたグラスに注がれた透明な液体を眺める。
「つまみ、何食ってんの?」
『何も』
「アル中になるぜ」
 言って、グラスを傾ける。
 辛口の酒を味わいながら喉に送りこむ。
 はじめは馴染めなかったこの味が、次第に好きになっている自分に気付く。

 溺れている、と改めて自覚する。

 逢いたいという言葉が喉に込み上げてくるのを飲みこみ、煙草を咥えた。
『つまみなら、前にお前が作ったやつ、旨かったけどな』
「……どれのことだよ。俺の作ったもんは全部旨いだろうが」
 知っていて、聞いてみる。
『名前は知らねえけど、魚のやつ。あれ、何の魚だ?』
「魚料理なら何種類も作ってやったろうが、魚だけで判るかよ」
 本当は、判っている。今ミコトの目の前にそれはちゃんと用意されている。
 それまでは作ったものに対して関心を示さなかった彼が、初めて『旨い』といって笑ったもの。
『そうだな』
 苦笑するような雰囲気が伝わってくる。
「……帰ってきたら、山ほど料理作ってやるよ」
『それは楽しみだな』
 相手の余裕のある口調が勘に触る。
 本当は、今すぐに逢いたくて、触れたくて、叫び出したいくらいに切ないのに。
 短くなった煙草を灰皿に押しつけて溜息をつく。
「……いつ、帰って来るんだよ?」
 せめて、このくらい聞いても不自然ではないだろう。
 友達では有り得ず、恋人でもない二人だけれど。
 次に逢ったら料理を振る舞う約束の為に、予定を聞く事くらい許されるだろう。
『暫く、無理だな』
 年内は帰れない、という絶望的な声が耳に届く。
 今はまだ七月だ。
 気が遠くなるくらいの果てしない時間がそこにある。
「そうか」
 なんでもないように言って、グラスを空ける。
 自分から逢いに行くことの出来ない距離ではない。
 しかし、それをするのを邪魔する無駄なプライドがそこにある。
『なるべく早く、逢いたいけどな』
 この男は、自分が言えない台詞をいとも簡単に口にする。
 いかにもそれが他愛もない事であるかのように。
「馬鹿じゃねえの?」
 鼻で笑って見せて、そっと唇を噛んだ。
『馬鹿でも言いから、お前を抱きたい』
「……なッ」
 一気に体温が上昇するのを感じる。
『そう思って当然だろ?』
 惚れてるんだから、と、からかうような笑いを含んだ口調で彼が言う。
 冷静さを失わない様にすればする程に鼓動は早まる。
 彼に食べてもらえない料理を箸の先で弄んで、ほんの少し口に運んだ。
 自信作の筈なのに、味がしない。
 空になったグラスに酒を注ぐ。
 自分の思いはこんなに切実なのに、彼には半分も伝わっていないようでもどかしい。
「……言ってて、恥ずかしくねぇ?」
 声の震えを悟られまいと、酒を飲む。
『…ないな、事実だから』
「頭イカレたのかよ」
『そうかもしれない』
 イカレてるのはきっと自分だ。
 そうこうしている間にも、思いが溢れて止まらない。

 逢いたい、逢いたい、逢いたい……。

 涙が、こぼれそうになる。
 こんな弱い自分は知らない。
 きっと酒のせいだと言い聞かせる。
『どうか、したのか?』
「なんでもない…」
 無意識に時計を見上げる。もうすぐ、十一時になろうとしている。
『なぁ…』
「何だよ」
『先のことなんだけど』
「うん」
『お前の誕生日には、死んでも帰るからな』
「……何言ってんだよ」
 先過ぎだよ、と嘲笑しながらも手帳を開いてみる。
 年内、という話よりも先の、宛にならない約束。
 遡り、日数を数えてみる。
 あまりにも下らない行動だと。自覚している。
 それでも確かめずにいられない。
『……二三二日後、だな』
「え…?」
 手帳を捲る指が止まる。
『お前の誕生日』
 確かに先だな、と声が笑う。
「数えたのかよ…」
『まぁな』
 少しだけ、受話器の向こうの声が照れを帯びた気がした。
 ふと思い立って、再び手帳を開く。
「……五五六九…時間」
『…何が?』
「俺の誕生日まで」
『計算したのかよ』
 何してんだ、と笑った後、声が沈黙する。
『一時間、多くないか?』
「多くねえよ。今から日付変わるまで一時間あるだろ」
 計算しなおしてんなよ馬鹿野郎、と罵りながらようやく唇に笑みが戻る。
 言ってしまおうか、と思った。
 無駄なプライドを捨てて、感情を曝け出すのも悪くない、と思えた。
「なぁ…リュウ」
 リュウの好きな酒の入ったグラスを揺らしながら今日初めて名前を呼ぶ。
『何だよ』
 
次の休みに、逢いに行って良いか?

お前の好きな魚をつまみに、一緒に酒でも飲もう。
ミコトの提案に、受話器の向こうのリュウが笑った。

『PROMISE』end







2007/01/19
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