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ハッピー・ウェディング
R指定:無し
キーワード:兄弟、切なめ、悲恋
あらすじ:サイトのリク小説から引用。
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「おめでとう」
が素直に言えない
ハッピー☆ウエディング
式場の隅で、煙草を蒸す。
辺りはしんと静まり返り、時折大広間の方からぱらぱらと拍手の音
禁煙、と書かれたプレートが目の前にぶら下がっている。
見ないふりをするのは、昔から得意だ。
すっ、と傍を通り過ぎた、招待客とおぼしき女の香水。
後に残るむせかえるような強い香りに、女という存在を改めて濃くする。
……正直居なければ良い。
今頃純白のドレスを着て、どうだ、と言わんばかりの笑顔を振りまいているのだ。
くだらない。
本当にくだらない。
「くそ、っ」
未だ口内に残る料理の味が腹立たしい。
親族のテーブルで良い子を気取り、着席していた自分が、腹立たしい。
安物の貸しスーツが無駄に光を反射して光った。
広間から出てきたスタッフが、慌ただしく横を駆け抜ける。
一瞬開いたドアからは、小さな笑い声が漏れた。
幸せな空間。
そこに乗り遅れた、不幸な俺。
幾重にも重なる壁を、ドラマみたいには越えられずに、うだうだとここまで来てしまった、そういうこと。
日本という国、モラルという不確かなそれに阻まれる。
たとえば、男と女を繋ぐもの。
精神的な支え。
羨ましいとは思わない、思いたくない。
簡単に離れられないように、紙の上で互いを束縛し合う、それだけの行為。
異性カップルにのみ与えられた、戸籍上の繋がり、その儀式が今日執り行われている。
ただそれだけのこと。
なぁ、兄貴、そうだろ?
「健!」
「……。」
広間の方から、一際派手な格好をした人影が近づいて来た。
血は同じはずなのに、背格好はまったく違う、
それでいて小さい頃から変わらない、無邪気な笑顔。
新郎用の衣裳は兄貴には大きく、不釣り合いだ。
指の第二間接近くまである袖を持て余しているのがわかる。
…ドレスの方が似合う、と妄想する自分を思い出し自嘲した。
心配無い、ちょっと具合が悪いだけなんだ、俺は。
「どうしたんだよ、途中で抜け出すなんて、心配するだろ…」
「大したことじゃないよ。最近腹具合が悪いんだ。」
「なんだよ、健おまえ、下痢か!」
にこにこと楽しそうに会話をする兄弟。
……表面上は。
本当は今すぐ首筋に噛み付いて、押し倒してしまいたい。
その男の衝動を、弟としての自分が抑えている。
この18年間、ずっと。
「だめだろ、兄貴。式抜け出して来ちゃあ」
「だってよー。つまんないんだもん」
「……俺のことは良いから、戻れって」
兄貴はうそが下手だ。
こんなビッグイベント、人生に一度の行事に張り切らないはずがない。
そういう人だから。
右手に持った煙草をチラつかせて、戻れよ、と合図を送る。
今日という日を境に、切られる何か。
もう、戻れない。
あの頃の、自分達には。
仲がいい、自慢の兄弟
優しくて小さくて可愛い、俺の兄貴。
…今日からは、あの人のもの。
頭ではわかってる。あの人なら平気だと。
今まで悔しくて、兄貴の傍にいる女は片っ端から抱いていた。
お世辞にも頭は良くないけれど、器量だけは良い自信があったから。
……それでも、あの人は誘いにのらなかった。
可哀相な人、と全てを見透かしたような同情の眼差しが忘れられない。
あの人なら、平気。
兄貴を悲しませるようなことは、ないはず。
だから、
「……だろ」
「……え?」
俯いた兄貴が、ぽつりと 何かを漏らした。
ふと気付くと灰が落ちかけていて、慌てて灰皿に落とす。
そのまま煙草を潰して落とすと、ぽちゃん、と鈍い音。
兄貴のそれは煙草の音のように、ともすれば聞き逃すような、小さな囁き。
「弟だから、心配に決まってんだろ」
「……っ、」
「結婚しても、子供が出来ても、おまえは俺の弟だから」
真剣に見据えてくる瞳に、何かを見た。
ただ当たり前のことを言っているだけなのに、それだけではないような
な、と笑って手を肩にかける仕草。
兄貴が俺の気持ちに気付いていたとは思えない。
それでもその言葉に嘘は無かった。
目の前に居るのは、小さくて優しい、俺の"兄貴"。
そうだ、そうなんだ
「ごめん。兄貴、ごめん……戻ろう」
ふいに目頭が熱くなって、顔を逸らした。
「うん。江利子も心配してたぞ。お前の事気に入ってるんだから」
「……ん、…あぁ」
その名前に、胸が痛まない日が来るまで、好きでいても良いかな、と思う。
あの瞳を、真っすぐ見られるようになるまで。
式場まで戻るカーペットの上で、兄貴の手が腕に絡んだ。
「良く俺怪我してさ、お前の腕、借りてたよな」
「あぁ…貸すのは、今日が最後だと思うけど」
「わかってる、から、大人しくしろって」
二人で歩く廊下。
それはまるでバージンロード。
観客も神父もいない、質素な俺だけの、子供みたいな。
だから
これが終われば、忘れられる。
戻れる。あの日の兄弟に
「兄貴……おめでと、な」
「……うん」
あんたが幸せで居てくれれば、それを傍で見守れれば
恋人なんかよりずっと深い絆が、俺たちにはあるんだから。
兄貴と過ごした、兄貴だらけの18年間を、一歩一歩踏みしめて歩く。
次に生まれ変わったら、今度は、
好きでいても良いですか、
そのつぶやきと涙は、観客のざわめきに、消された。
FIN
2007/02/03
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