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 名村くんと羽根くん
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 R指定:---
 キーワード:青春/友情/ラブコメ
 あらすじ:普通な高校生二人のちょっとだけ変な日常
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【桶】

 家に帰ると台所に桶が床に伏せて置いてあった。

「なんだコレ…」

 母親が出したまま忘れて行ったんだろうか。

 それにしても物凄く邪魔な場所である。

 冷蔵庫の前からそれを除けようと腰を屈めた瞬間、




 カサカサ…




 桶の中から乾いた音が聞こえて思わず尻餅を着いてしまった。


 まさか…


 中身を知っているのは恐らく母親だけだろうが、彼女は現在留守である。今頃は難しい顔をして、ジャキジャキと花を切り刻み沢山の針にグサグサ突き立てているだろう。

「…コレって、やっぱりアレかな…」

 台所という場所柄を鑑みれば、当然のように思い付くあの不気味な生物。



 カサカサッ



「ッ!」

 さっきより音が大きく聞こえた気がする。



「おい」

「キャーッ!」



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


「お、お、驚かすなよっ」

「それはこっちの台詞だ。なんだよ今の絹を裂いたような悲鳴は。」

 呆れ顔でこっちを見る名村に軽くムカつきつつ、どうごまかそうかと頭を回すが上手い言い訳が出て来ない。

 おまけに尻餅を着いたまま立ち上がる事も出来ずにいる俺に、名村が訝しげな目線を向ける。

「…桶?」

「ぎゃふん!」

「お前な…」

 これは恥を忍んで言うべきだろうか。

 俺は虫が苦手だ。中でも特に苦手なのが…



 カサカサカサッ



「ッ!」

「何か入ってんのか?」

 名村が、ひょいっと桶を反しやがった。

「キャーッ!」

「おわっ!?」

 床にへたり込んでいた俺は跳び上がって名村に抱き着き、結局そのまま二人で床に倒れ込んでしまった。

「ってぇ〜な馬鹿」

「ばば、馬鹿はお、お前だバカヤロウ!」

「耳元で怒鳴るな馬鹿っ。動揺し過ぎだろこの馬鹿。」

「うる、うるさい!何回も馬鹿言うなっ」

「あーはいはい。分かったから泣くなっての。ホラ、起きろ。」

 床に後ろ手を着いて俺ごと起き上がると、名村が俺の目元を制服の袖でグイッと拭う。

「いてぇ…」

「俺はもっと痛かったっての…。なあ、あの桶のゴキぶっぐ!」

 慌てて名村の口を塞いでそれ以上言わせないようにする。名前を聞くだけでも鳥肌が立つ。

「お前、アレ見たのか?本当にアレだったのか?」

 コオロギとかバッタとかじゃなく間違いなくアレなのか!?

 ぽかんと頭を叩かれて、名村の口だけでなく鼻まで塞いでいた手を慌てて離す。

 ゼェハァと息を整えキッと名村が睨んでくる。

「殺す気か…!」

「す、スマン」

「たかがゴキブリくらいで…」

「わー!わー!」

「うるさい。羽根、お前自分でアレを桶に閉じ込めてたんじゃねーのかよ?」

 俺があまりにうるさいからか、学習した名村がアレと遠回しに言う。

 ブンブンと首を振る俺に名村がニヤリと嫌な笑みを寄越す。

「お前、苦手…てか、嫌いなんだなゴ…、アレが。」

「わ、笑うな。それより、逃がしたのお前なんだから責任取れよっ!」

「責任て言われてもなぁ…」

 びくびくと台所を見回すが、アレの姿は見えない。が、確実にこの家のどこかに居るのだ。

 もし俺の部屋に居たら…

「あ、アレを見つけて退治するまで、帰さないからな!」

 せめて誰か帰って来るまで一人でいたくない。

「…いいぜ。つか、見つかんなくていいかもな…」

「え?何か言ったか?」

「いや、別に。」



 その後、姉が帰って来るまで俺は、やけに上機嫌な名村にべったり張り付いていたのだった。


end







2011/03/07
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