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Étude
R指定:有り
キーワード:襲い受け 師弟愛 ピアノ
あらすじ:ピアノへの情熱は、いつしか師弟の間の愛情に昇華される
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コンクールの予選会まであと1ヶ月を切った。大学からまっすぐ僕は、今夜も先生の自宅のスタジオに来て、ピアノのレッスンを受けていた。
課題曲は僕の得意なリスト。そもそも僕はリストの曲はほとんどに自信がある。指の長さ、しなやかさが要求されるリストの楽曲は、まさに僕にピッタリだ。
今度のコンクールはいけそうな気がする。先生のレッスンのおかげだ。
何度も何度も、繰り返し演奏する。先生は黙って聴いている。
先生も、ピアニストだ。大学在学中の12年前、ショパンコンクールで、先生は僅差で国内代表の座を逃した。先生はショパンのイメージがぴったりだ。ちょっと、ピアニストにしては手が小さいけれど、センスは素晴らしい。
だから最近は、先生は作曲の仕事もしている。ミュージカル音楽などの作曲もしている。
2時間ほど、ピアノを僕は弾き続けた。だけど先生は聴いているばかりで、一言もしゃべらない。
先生は目を閉じて、じっと聴いているようだ。閉じられた瞼の上を、長い睫が横たわっている。僕は不安になってきた。僕の演奏はそんなに良くないだろうか。怒っているのだろうか。
ショパンのイメージの先生。優しげで美しいけれど、心のなかに鋼のような強さを持っている。音楽への情熱や、その他の。
先生の情熱。僕はそんな先生のピアノへの情熱を愛している。愛して、いる。
曲が終盤にはいり、コーダの部分を演奏していたときに。
僕の、鍵盤の上を走る手に、先生の手が触れた。いや、手を掴んだ、といったほうがいいかもしれない。
「やめてしまえ」
先生は、僕の演奏をさえぎって、掴んだ僕の手をぐいっと自分のほうに引き寄せた。
「せんせい…」
僕は慌てた。先生は、僕の手を自分の顔に近づけたかと思うと、僕の人差し指をぱくりと口に咥えた。
痛い。
先生が、僕の指を噛んでいる。
信じられない、先生の行動に、僕は動転していた。先生は僕の指を甘噛みしたかと思うと、自分の口腔内で僕の指をしゃぶり始めた。
にゅる、と先生の舌が、僕の指先に絡みつく。僕は顔を真っ赤にして、されるがままになっていた。心臓がどきどきする。
やがて先生は、僕の手を解放して、言葉を発した。
「お前の指はピアノを思っていない」
「え…」
「…お前の指の思考は、雑念しか持っていない。先にその雑念を払ってしまえ。それができないなら、やめてしまえ」
きっぱりと、先生は言い放った。美しい先生の顔は、冷ややかに白く、そして次第に僕に近づいてくる。
雑念?違う。これは、僕の想いだ。だけど今は、ピアノを思わなくてはいけないのに。僕は、先生を想って、想って…。
僕も、身体を泳がせて、先生に近づいた。先生に愛撫された指先を伸ばし、小柄な先生の肩を抱いて引き寄せる。
開かれて固定された、黒いピアノの天板が、重なり合う僕たちの影を、鏡のように映している。
ピアノに先生は手を置いた。僕はそんな先生の背後に廻り、そっと、愛した。
耳に、甘い愛のメロディーが鳴り響いている。そう…それは、先生の音色だ。甘く、甘く…ピアノの音色より甘い、先生の吐息。
先生は、ピアノが汚れてしまったことを少し気にしているようだった。物理的にそれがふりかかってしまったことと、先生自身のピアノへの愛情の暴走が、僕への過剰な教育になってしまったこと。
少し照れたような表情をして、先生は着衣を直している。そして言った。
「ほんとうに挿れられるとは思ってなかったよ」
「嘘でしょ先生」
僕は返した。さっきまでの苛立ちはどこへ、先生は恥らいながら僕を見上げた。
「ホントだよ」
「そういうの襲い受けっていうんですよ」
「…腐男子め」
「でも、気持ちがおちつきました、先生のおかげで」
僕もジーンズを直しながら、笑い返した。
先生も、微笑んだかと思うと、急に真顔になった。
「お前の指がうらやましいよ、そのくらい長かったら、俺もピアニストとして大成したかもしれない」
「せんせい…」
「…その指で、俺を愛してくれ」
先生が、ひどく可愛く見えた。思わず再び抱きしめてしまう。
「僕を支えてください、先生…好きです」
僕の想いを、静かに受け止めるかのように、先生は僕の胸に顔をうずめた。
2011/12/08
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