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ある本好き少年の話
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キーワード:アンチにもトリップにもなりきれず
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僕は本が好きだ。
できる事なら本に埋もれて一日過ごしたい。いや、一日どころか何日でも過ごしたいと思っている。とはいっても現実はそんなに甘くなく、放課後になると図書館に通い、片端から本を読むことで願望を少しだけ満たしている。
僕の通う高校は小高い山の中腹に広大な敷地を利用して建てられた今時珍しい全寮制の学校である。全国から集められたいわゆるいいところのお坊ちゃんたちが24時間、365日共に過ごしている、むさくるしい男子校である。もっとも365日は言い過ぎだけど、そんな気分になるのも仕方がないと思う。
そんな学校に通う僕もいいところのボンボンかというと、僕はこの学校では数少ない一般家庭の特待生である。きっと馴染めないだろうなと思いながらこの学校を選んだのは、偏に本の為だ。
この学校はお金持ち学校であるから、当然図書室も小さな図書館なんかよりもはるかに充実していて、更に全寮制で通学時間ほぼなし、という本当に本好きにはたまらない環境なのだ。受験生になった時迷わずここを選び、ただひたすら、それこそ血反吐を吐く思いで勉強してここの本を読みたい放題読めるという権利を奪い取ったのである。
だから親しい友達は未だいないがそれすら苦にならないくらいに充実した学生生活を送っている。……そう、送っていたはずなのだ、間違いなく。
その生活が脅かされ始めたのは2年の夏休みが明けた9月初旬。
活字中毒な僕はいわゆる雑食で、本という本ならそれこそジャンル問わず片っ端から読み漁ってきたが、いつだったかどこかで読んだことがあるなという程度に覚えていた、王道転校生モノ、まさにその通りのことが起こったのである。もっとも、俗にいうアンチの方だったけど。
周りは大騒ぎだったけど、僕は僕の領分さえ侵されなければそれでいいと、無関心だった。今にして思えばその無関心さが仇となったのだろう。僕はその奇特な転校生に遭遇することもなく、ただひたすら本を読むことに明け暮れていた。
そして邂逅。
相も変わらず放課後に図書室に通い詰めていた僕は、放課後になると一目散に図書室へと足を急がせる。いつもの通り、この階段を上り渡り廊下を渡れば、というその階段を上っているとき、僕は初めて転校生を見た。
階段の真ん中を駆け下りてきた彼は、端を歩いていた僕に突撃し、僕はなすすべもなく階下へ落ちて行った。僕は彼の
「お前、邪魔するな、どけよ」
と言う言葉を一生忘れないだろう。その一生ももしかしたらこれで終わりかもしれないけれど…… と、何とも呑気なことを考えながら。
強い衝撃を受けながら、ああ、昨日あと少しで読み終わりそうだったあの本、読んでしまっとけばよかった、と的外れな後悔を胸に意識を手放した。手放す直前に、親しい友達すらいなかった僕を心配してくれる声が聞こえた気がして、どことなくホッとしたのも覚えている。
不意に意識が急上昇して、どこか懐かしい木の匂いを鼻にしながら目覚めた時、僕は自分が一体どこにいるのか理解できなかった。鉄筋コンクリート造の学校だったはずなのに、今寝転がって目にしているのは木造。
「大丈夫ですか?」
声を掛けてもらったものの、その生徒……と思わしき人の服装が着物なのを見た瞬間、僕はもしかしたら大変な所に飛んできてしまったのかもしれないと漠然と思った。と同時に、いったい自分はどの時代にトリップしたんだろうと冷静に考えた。
僕は本が好きだ。だけど、決して読まない時代がある。それは明治から昭和にかけての、戦争というものが見え隠れする時代だ。どんなにハッピーエンドに見せかけても、僕はその先の時代を知っているから、想像してしまう。引き裂かれるだろう運命を……
そして僕がトリップした先はその僕が決して読まない時代のようで、僕は愕然とした。
2013/09/18
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