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力尽きた。
R指定:無し
キーワード:同級生 社会人
あらすじ:ネガティブな主人公は、
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とても好きな小説があった。
アル中の妻とゲイの夫の新婚生活を描いた、恋愛小説。
たまたま図書館で借りて読んだあと、古本屋で安くなっていた文庫本を買い、繰返し読んだ。
ウエハースみたいに折れやすくて、でも優しげで、あたたかみがある文中の二人の関係にも惹かれたし、
どこか他人事のようなあっさりとした作者の書き方も好きだった。
でも、いつしか手に取ることは無くなった。
何度読んでも変わらない展開に飽きたわけではない。
大人になるにつれて、羨ましくなったのだ。
大切なものが側にあって、それを踏みにじれる自由さとか。
気がつけば登場人物が横にいるように錯覚させる描写の正確さとか。
小説と現実と現実の自分との差を無意識に測っては、憂鬱になった。
「佐原、今回の記事評判良かったぞ」
「また冗談を、ありがとうございます」
帰り際、部長に声をかけられた。
席を立ち、カバンを肩にかけ、携帯をポケットに入れた。
「ではお先に失礼します」
「ああ、…お疲れ」
部長に頭を下げて、事務所を後にした。
階段を降りながら、さっき部長に記事をほめられたことを思いだし苦笑いした。
いちいち人間関係を気にしなくちゃいけないのが部長の辛いところだよなぁ。
自分は絶対に管理職は向いていないと思う。
小説家になりたいという夢を追いかけて流れ着いたのは、この小さな芸能事務所だった。
俺はこの事務所で、ファンに向けた記事やサイトに載せる文章をなどを主に書いている。
芸能業界に興味があったわけではない。
文章を書く仕事を探しているときにたまたま巡りあったのだ。
未練がましいやつだと思う。
自分の才能の無さに絶望して、小説家になることを諦めかけている今でも文章に関わりたいなんて。
たまたま巡りあった芸能事務所での仕事だが、嫌いでは無かった。
周りに夢に向かって頑張っている人が多く、少なからずその夢を後押し出来ていることは嬉しくもあった。
同時に、夢を諦めかけた自分に失望もする機会も多いけどね。
まぁ代償みたいなものだ。
アパートの近くにあるスーパーで半額になっていたお惣菜を買い、家に帰ってテレビを見ながらそれをちまちまと食べた。
色々なものをランキング形式で紹介する番組で、友人の小説がベストセラーランキングに名を連ねていた。
残ったお惣菜をスーパー袋で包んで捨てた。
耳にしていたのは、事務所の看板アイドルの新譜だった。デビューしたての頃よりも、一人一人が確実に成長している。
看板アイドルになった理由は、見た目だけでは無いということなのだろう。
今日は、彼女たちのツアーに同行することになっていた。
ツアーの記事を書くためなのだが、今回のツアーはパンフや演出の一部などを担当していたためお客さんの反応を直にみることも少し楽しみだった。
「おはようございます」
スタッフ証を下げて、会場に入ると彼女たちはもう準備万端といった様子だった。
元気よく挨拶を返してくれる。
カバンからカメラとメモを取りだし、会場の中を歩き回った。
ライブ中も、カメラを片手に彼女たちとファンを見つめる。
特に進行に問題は起きず、数回のアンコールの後、ライブは終了した。
終了後、彼女たちの控え室の前を通り過ぎようとしたところでスタッフ証を下げていない男性とすれ違ったので不審に思って振り返った。
相手も、振り返った自分を不審に思ったのだろう。
一度横目でこちらを見た後、立ち止まって振り返った。
「あ」
思わず声が出てしまった。
通りすぎたときはスタッフ証が下がっているはずの首もとにしか目が行っていなかったのだが、お互いに振り返ったことで自然と目があった。
驚いたのは、向こうも同じらしい。
「佐原!なんでここに?」
体ごとこちらに向き直り、近寄って来たのはよく見知った顔だった。
元より精悍だった顔立ちは、月日が立ちより精悍になっているように思う。
「朝霧こそ…なんでここに」
つかみかかるように問いつめてきた元同級生の勢いににおされ、思わず後ずさる。
朝霧総一。
昨日、テレビでも見た名前だ。
高校で何度か同じクラスになったけど、特に親しいというわけでは無かったので卒業に連絡を取ったりということはしなかった。
アサギリ総一という、同じ名前の小説家が文壇デビューしていたことは知っていたけど本人だと知ったのはつい最近である。
「力尽きた。」
はーい!アサギリだよ!
アイドルオタだよ!
もちろん旬のアイドルチェック済み!
ファンクラブの会員証だって持ってるよ☆
毎月届く会報はツアーの情報しかのってないから昔はパラパラ見てポイだったんだけど、なんだろう…最近…胸が熱くなる記事が多くなった気がする。
ポイしなくなった会報誌を繰返し繰返し読んだ。
いいな、こういう文章いいな!
紳士的でどこか謙虚な、(文字数)
2013/09/25
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