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 視聴覚室
© 早 
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 あらすじ:俺様生徒会長と一般生徒の出会い
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視聴覚室


 ハジメテは、名前も知らない男だった。


 高等部と同時にこの学園へ入学した。
 勿論僕がこの学園の異常に気付くはずもなく、平穏な日々を過ごしていた。
 あれは五月の初めだったろうか。
 昼休みに図書委員の集まりがあって、僕は会議室へ急いでいた。
 転入したばかりだから当然どこに会議室があるのかもわからなくて、一応玄関の地図で確認したものの、三階まで登ってからすぐに迷った。
 三階には三年の教室が並ぶ。廊下を行きかうのも同じ高校生とは思えないほどデカい男ばっかりで、僕は道も聞くことができず階段の踊り場で立ちすくんでいた。
 幾ばくかそうしていると、
「何してるの?」
 後ろから階段を登ってきた三年生らしき男に声を掛けられた。
 助かった!
 男の物腰がどことなく柔らかかったのとただ道を聞けるという思いで、僕はすぐさま男に会議室へ行きたいという旨を伝え、男も笑顔で了承した。
 にこやかに「ついておいで」、という彼に、僕は警戒心など微塵も抱かなかった。
 けれどそれが間違いだったのはすぐにわかった。
 黒いカーテンが覆う視聴覚室に連れてこられても、僕は彼が会議室に行く前に忘れ物でも取りに来たんだ、くらいにしか思わなかった。
 なんて浅はかだったんだろう。
 けれど僕はこの学園の異常を知らなかった。
 男が男の欲の対象になるなんて、考えもしなかったんだ。
 
 すぐさま押し倒された。
 僕は何か自分が彼を怒らせるようなことをしたのか、と不安にさえなった。もしくは、実はずっと前に一度会っていて、その時僕が彼に何か失礼なことをしたのか、と、そんな妄想すらした。
 本当はそんな複雑な感情よりも、もっと単純。極めて原始的な欲求。
 幾度か暗闇の中で犯されて、ようやくそれに気付いた。

 目が覚めたとき、やはりそこは暗かった。
 けれど、足元に何かの気配を感じた。
「……だれ、……」
 自分の声が弱弱しく掠れていて、しかも喉がひりひりと痛むことに気付いた。
 誰か……男だ。男しかいない学園だから当たり前なんだけれど、それすらその時の僕には恐怖だった。男が僕の足を撫でている。……いや、撫でているのとは少し違う。湿った布のようなもので、僕の体を拭いている。その布が冷たくて気持ちいいことから、自分の体がひどく火照っているのに気付いた。
「……な、何してる」
 知らず知らずに吐いた言葉が震えていた。男は何故か無言でため息をつくと、僕の体を拭いているのとは別の布をぺしゃり、と、僕の目の上あたりに押し付けた。
「ひっ……、な、何っ」
「腫れてる」
 引きつった悲鳴をあげる僕に、冷やしておけ、と、彼はそれだけ言った。それは僕を犯した男の声とは違っていた。
「…………」
 彼が何をしたいのかがわからなかった。
 彼が無言だったから、僕も特に何も言わないことにした。
 体に勝手に触れられるのは決して気持ちのいいものではなかったが、抵抗すれば酷いことをされるのではないかと無意識に思ったからだ。
 そうしてただ黙ってその行為が終わることを待っていると、暗闇の中男が唐突に言った。
「無理矢理だったのか」
 ぎくりとした。
 何も言えなかった。
 言いたくなかった。
 言えば認めたくなかったその事実が、完全に現実にあったことになってしまう気がした。
 僕が黙っていると、男がまた言った。
「じゃあ、乱暴な彼氏か」
「違う」
 今度は即座に否定していた。
 あんなことが同意の上で行われたなんて、想像したくもない。自然とからだが震えだすのがわかった。
「怯えているのか」
「……ち、がう」
 違わない。
 目の前にいるこの男が恐い。
 互いの顔すら見えない暗闇の中で、指一本動かせない僕と裸の僕の体を拭く男。頭に蔓延るのはつい一時前に犯されたという熱くて冷たい記憶。恐怖でしかない。
 恐い。
 恐い。
 恐い……
「落ち着け」
「っ、!」
 ふいに腕を引っ張られたと思ったら、抱きしめられていた。
 震えるからだを押さえ込むようにきつく男の胸に閉じ込められる。
「……は、はなし……」
「忘れさせてやろうか」
 耳元で男が囁いた。
 どくん、と心臓の音がやたら大きく響いた。
「恐かったんだろう。恐くて、痛かったんだろう」
 男が優しく僕の髪を梳く。
 その手で男が、僕の顔を覆っていた布を取った。黒い瞳が暗闇の中で静かに光っていた。
「優しくしてやる。優しく、気持ちよくしてやるから」
 男が僕の背を支えながら、とん、と静かに床に寝かせた。
「忘れさせてやる。俺様が」


 それが僕と一誠の最初の出会いだった。












2007/02/19
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