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グレンリベット
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キーワード:極道×バーのマスター
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早い時間に雨が降ったからか今日の客の入りは決して良くなかったのだが、少し前まで若い客が数人いて騒いでいた。店には少し不似合いな珍しい客だったが、それでも活気をもらい心地よい疲れに俺はふっと息を吐いた。
グラスを丹念に磨き上げ、そういえばボンベイサファイアが切れてしまったなと思う。先程の客がジントニックを好んでいて、ボンベイの鮮やかな空色の瓶に魅せられたかのようにボンベイを使ったジントニックを何杯も飲んでいた。随分と遅い時間であるし、ひょっとしたらもう来ないかもしれないなと頭の片隅で少し寂しく思いながらも、しかし如何せん彼のお気に入りの酒を出すことが叶わないのだから、来てくれるなら明日の方がいいと勝手なことも思う。
カランと乾いた音と共にドアが開きいつものようにいらっしゃいませと言葉を乗せてはみるが、それも尻窄みになるのは件の人、篠山威弦であるから。まあそんなものだよなと気を取り直して改めて笑顔でコースターをセットする。
「なんだ、今日は元気ないな」
スーツの懐から煙草を出しながら訝しげに俺を見るものの深くは詮索してこない。この男のこういうところが俺はいたく気に入っている。
「すみません、今日はボンベイサファイア切らしてしまいまして……」
わずかに目を細めた少々凶悪になる厳つい顔も絵になる。
「珍しいな」
そう、このビルのオーナーが彼の会社になってからと言うものの以前に増して頻繁に来てくれるようになった彼の為に、ボンベイサファイアは切らさない様極力多めに仕入れていたことを彼は知っている。
「今日はボンベイを気に入ってくれた方がいまして」
「そうか」
さして興味もなさそうに言い、並べてあるお酒に目をやる仕草はどことなく思案顔でそれもまた様になる。あれからそんなに付き合い方が変わったわけではないが、俺は確実に彼に惹かれていた。
「じゃあリベットをロックでもらおうか」
「はい」
この人はお酒を目で飲んでいるのではないかと思う。取り出したグレンリベットのボトルはボンベイサファイアの瓶程目を惹くものではないがそれでも深い透明なグリーンをしており、ボンベイとはまた違うお洒落なものだ。
「もしかして海が好きですか?」
ふと思い当ったことを尋ねてみれば、なんだ唐突にという顔をしつつも律儀に答えてくれる。
「好きだが、また急だな」
「ボンベイとリベットの瓶の色を頭で並べていたらふと思いまして」
言っておいて少し恥ずかしくなった俺は心持顔を俯かせた。
「なるほどな」
馬鹿にするわけでもなく、ほどほどの音と静寂。俺は彼とのこの空間が好きである。経営者としてはダメな事だが、もう今日は誰も来なければいいのにと願ってしまう。
「最近どうだ」
「今日みたいな雨の日は週末と言えども寂しいものですがまあなんとか」
「そうか」
カランと願いも空しくドアの開く音に先程と同じくいらっしゃいませの言葉が尻窄みになって行く。最近よく来てくれるものの少しばかりしつこい客である。なにも彼が来ている時に来なくてもとついつい考えてしまう。心地よい静寂は
「なあなあマスター、そろそろ考えてくれた?」
雰囲気にそぐわない大声にかき消された。一瞬ピクリと俺と彼のこめかみが動いたがこの薄暗さに気取られる事も無く何事もなかったかのような無表情になった。
「なにを、ですか?」
「だからさあ、せっかく部屋借りたんだからちょっと寄って行ってよ、あ、ビールね」
ビールサーバーの方を向いた俺のしかめっ面は男からは見えないが彼からは見えたようでふっと笑うのが見えた。
「近いんだから」
「いえいえ、近いからこそそのまま家に帰りますよ」
この男は気が付けばうちから1分のところに部屋を借りていたと言う、俺からしたらストーカー以外の何物でもない行動が、近くに住んでいれば俺が気に入ってくれると勘違いしているのか越してきてからはしょっちゅうこうである。正直気持ち悪いし、怖い。
「倫音」
店の中で誰も呼ぶことのない俺の名前が呼ばれたことに俺自身も驚き彼の方を見ると、
「お前、今日終わったら付き合え」
とまるで男を挑発するようなことを言い、俺をハラハラさせる。男が彼を見る目は怒りに満ち溢れているが、彼は気にする事も無くロックグラスを傾けている。修羅場だ。
「おい」
男が彼の肩を掴んだが、彼が振り返りすっと目を細めると、先程までの勢いはどこへ行ったのか、その手をすっとひき、額に少々汗を滲ませながら少しひっくり返った声で
「ま、マスター…… また来るよ」
と投げ出すかのように1万円札を置いて逃げるように出ていった。
「あ、おつり……」
「もらっておけ、迷惑料だ」
しれっと言う彼に苦笑しながら、助けてくれたのかと嬉しくなる。彼に名前を呼ばれることが今後もあればいいのにと密かに願いながら、今日も夜は更けていく。
2014/04/10
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