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 置き手紙
© 次深 
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 キーワード:浮気、平凡
 あらすじ:家に帰ってみれば置き手紙が一枚。
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 浴びるほど飲んで家に帰ればすべての電気は消え、物音一つせず静寂に満ちていた。その時の俺はそれがどれだけおかしなことかまるで気づきもせず、ドアに鍵を差し込んだ。

 高校を卒業して当時から付き合っていた諒と同棲を始めて早三年。物静かで大人しかった彼は今もまるで変わらず、世間では普通の人と言われるような平凡な奴だけど、芯のしっかりした優しい男だ。かくいう俺は、俺のことを好きだと言ってくれている諒に、安心して甘えていた。諒が何を思い、考えているのかまるで見向きもせずに、別に諒に不満があったわけでもないくせに、いつの頃からか浮気を繰り返すようになっていた。

 強いて言うなら、俺がべたべた甘い雰囲気で居たいのに、クールで大人な雰囲気を好む諒とではタイプが違いすぎて、それが不満だった。身勝手な話だ。

 今日は純粋に大学のサークル仲間との飲み会だったが、日頃の行いの悪い俺は、諒から疑われていることを知っていた。知ってはいたけれど、何も言わない諒に、俺も何も言わなかった。違うと一言言えば済む話なのに、それすらしなかった。

 鍵を開け入った部屋は異様に静かで、人の気配すら感じなかった。こんな時間だから量はもう寝ているのだろうと思っていた俺は、底知れぬ不安を感じて

「諒?」

と呟いた。

 寝室に使っている部屋の扉を開け、そこに諒がいないことを確認した俺は途端に不安が本当のことになったのだと理解した。

「諒っ」

 慌ててクローゼットやトイレや風呂場を覗いたけれど、諒は居ず、諒の荷物もなくなっている。

「まじかよ……」

 思い当ることが山ほどありすぎて笑えてくる。とりあえず落ち着こうと水を飲みにキッチンに行き、小さなメモ用紙がテーブルにぽつんと置かれていることに気が付いた。酔いはとうに醒めていた。メモ用紙には待っていたけれど帰ってこないから出ていくと言うようなことが書かれていた。

 どかりと椅子に座り、メモを見つめるがそんなことをしたからと言って諒が戻ってくるわけじゃないのはわかっている。だけど、俺は放心してその場を動けなかった。

 自業自得だ。

 誰かが言っていた。大切な物はなくして始めて気付く、と。馬鹿な奴と思っていたけれど、その馬鹿な奴は俺だった。

 椅子に座ったまま寝てしまったのだろう。遠くでちゅんちゅんとすずめの鳴く声が聞こえてきて、半覚醒の意識の中で、朝が来たのだと思った。

 かちゃり、と聞き覚えのある音にはっとした。玄関まで飛んで行ってみれば、諒が靴を脱いでいるところだった。

「諒、悪かった」

 がばりと頭を下げて言えば

「あ、匡臣おはよう」

と何とも呑気な返事が返ってきて俺は恐る恐る顔を上げた。

「諒?」

「あれ、置手紙していったんだけど読んでない?」

「いや、読んだ」

「あ、よかった。 もう母さんびっくりしすぎ。 急に親父が事故したっておろおろして電話かかってきて、行くからって言ってんのに病院わからないって言うし、テンパりすぎて全然何にもわかんないし…… て、匡臣?」

「出ていったと思った……」

「え?」

「いや、お前の置手紙、ほら」

 手に握りしめてくちゃくちゃになったメモ用紙を渡してやるとそれを読んだ諒が

「うわっ、俺もテンパりすぎ」

と呟いて

「匡臣ごめん、なんか変な手紙残して言っちゃって」

と謝る。諒が謝ることなんて何もない。

「けど、お前の荷物、なかっただろ?」

「荷物? ああ、二人の荷物が増えたからテレビ台を引出付に替えてそっちに移したよ? え、何? 俺出てったことになってた?」

「なってた」

「うわあ、ごめんね、匡臣」

「いや、出ていかれてしょうがないようなことしてる俺が悪い」

 諒をぎゅっと抱きしめると、諒がここにいるんだと実感できた。

「よかった、まだ間に合って」

「じゃあ、浮気やめてね」

「おう、悪かった」

 きゅっと抱きしめ返してくれる諒を失わなくてよかったと、つくづく思った。それから俺が一切浮気をしなくなったのは言うまでもない。

 あの置手紙、実は諒に謀られたんじゃないかとそれから数年たって思うことになる。クールなと言われてるけれど実は静かに熱い思いをたぎらせていると知るのは、まだもう少し先の話。








2015/04/11
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