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 永遠の時に囚われる
© 次深 
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「別れよう」

 そう言ったのは誰だったのか、今となってはもう思い出せない。それだけの年月が流れた。最後に誰かと過ごした日は既に色褪せてあやふやな思い出でしかない。

 自分の生が人とは違う時間の流れをしていることに気が付いたのは随分と昔のことだ。いや、この世に生を受けた時から漠然とおかしいと感じていたのかもしれない。そのことから目を背け封をしてきたのは、そうしないと生きていけなかったから。転々と流れた土地でひっそりと生き、周囲の人達が違和感を感じる前にまた流れる。安息の地はない。それでも幾度か恋をした。男にも女にも。不毛な恋だ。永遠にも感じる時間の流れに、一人ではどうすることもできない孤独を感じた時、誰かにあるがままの自分を受け入れてもらいたいと願うことがそんなに罪な事なのだろうか? 願いはいつも空しく終わる。まだ別れの言葉を紡げるような恋は幸せだ。人と違う時間の流れを激しく責めたてられたこともある。化け物と傷つけられたことも数知れず。死にたいと願っても死ぬことは叶わず、誰かに生涯愛されたいと願ってもいづれ訪れる別ちにひっそりと泪する。それでも人を愛することをやめることはできなかった。

 けれど、臆病になった。

 人を好きになることに、共に同じ時間を歩んでいくことができない後ろめたさと、また自分が傷つくのではないかと。

 もう一度恋をしてしまったのは、この身がそれすら飛んでしまうような激しい業火に見舞われたから。自分がどうしようもなく辛い思いをすることは幾度かの恋で分かっているのに、すれ違った瞬間から燃え立つような激しい欲情を感じた。気のせいだ、忘れようと思っても自分ではどうにもできないもどかしさ。剛毅な漢らしい顔立ちも漂うオーラも豪放な気性も、何もかもを欲した。彼の周りにはいかにも屈強な漢たちが固め、声を掛けるどころか、気安く彼の目に入ることすら叶わない。それでも欲するのはいったいなぜだろう。まさかそれが運命の出会いだからなんて馬鹿なことは言わないが、それでも願ってしまう。これが最後の恋になるようにと。彼と同じ時間を彼と同じスピードで流れて行けるようにと。

 彼との接点が交わったのは本当に偶然だ。この頃、自分は時代と言うものにとんと疎かった。ただ流れに身を任せているだけだったから、今がどのような時代で、どのような不穏な動きがあって、どのくらい活気的なのかすら知ろうともしなかった。知ったところで移ろう時代に翻弄されるだけだから、いっその事知らない方がその場限りの緊張感の中で過ごしていける。それほどに孤独だった。だから当然よく騒がれている抗争事件なんかも知らなかったし、彼がどのような状況に立たされているのかも知らない。もちろん彼の職業も、彼の立場も。もっとも、職業だけはおぼろげにどういうものか気付いてはいたのだろうけれど。彼が命を狙われているのだと知ったのは、彼が今正しく殺されようとしているその時だった。俺には自分の命の価値が分からない。ただ長く生きるだけの命なんであれば今ここで投げ出してもいいとすら思った。その瞬間に恐怖よりも高揚とした気分が勝った。彼の目の前に飛び出して、彼を救うことが自分の命の価値のように思えた。呆然とした彼の顔がすぐさまいつもの怜悧なものに変わり、指示を飛ばす姿を見ながら、もし死ねるなら、これでいいのかもしれないと思った。地面に投げ出されるはずだった自分の体が彼に受け止められたことで覚悟していた衝撃は来ず、今ここで自分の生の時間を止められたらどれだけ幸せだろうと思った。

「しっかりしろ」

 今、彼が見ているものは自分なのだと思うと自然と笑みが浮かび、そのまま意識を手放した。





「おい、今日は久しぶりに外へ食べに行くぞ」

「はい、何時頃になりそうですか?」

「そうだな……」

 彼と接点が交わって20年。まさか彼と共に歩んでいけるなんて思わなかった。貫禄と言うよりは威圧感のある姿は以前と変わらない。自分の生の流れ方を受け入れてくれたのは長く生きてきた中で彼唯一人。彼が受け入れてくれてからなのか、彼の命と引き換えにあの時の自分は死んだからなのか、彼に会うことが運命だったからなのか、自分の生の時間の流れが彼と共になったことに気付いたのはいつだったか。尤も気付いたのは彼だったが。異端な自分を受け入れられるだけの器の人だったからこそ彼は一二を争う親分になった。

「姐さん、夕方に迎えに来やす」

 そう呼んでくれる若い衆が彼の周りにいたから今の自分がある。長い孤独な時は、この一瞬の甘美な時間の為のものだったのだと今なら笑って言える。

「凛、行ってくる」

「はい、お気をつけて」

 一度たりとも孤独を感じさせなかったこの漢に、俺は囚われた。











2015/06/03
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