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ユグリスの丘
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キーワード:王国ファンタジー、元騎士×神の子?
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そこには切々とした想いが綴られていた。
これを書いた人はもういない。二人で行ったユグリスの丘に一人馬を走らせ、二人で見たこの国の夕暮れを一人で見る。街が金色に輝くこの時間帯が一番好きだと言っていた。隣に座って一緒に街を眺めるふりをしながら横目で彼人を眺めていた。
彼人はある日唐突に現れた。
世界の衰退を憂いた王が最高神官に命じたことは、神の子の降臨だった。伝承にしか過ぎなかった神の子に頼らなければいけないくらいにこの国、この世界は衰退していた。神官が呼び寄せたのは二人。一人は頭頂部が黒く先に行けばいくほど色が失われていくような金髪。もう一人は漆黒。王は何の迷いもなく金髪の人を神の子だと宣言した。
私は闇よりも鮮やかな漆黒の彼人に目を奪われた。凡庸とした顔に不安の色しか映し出さない彼人を見て、私は王に忠誠を誓う騎士だと言うのに彼人を生涯かけて守りたいと思った。
彼人の立ち位置はとても微妙だった。神の子が大切にされるのとは反対に、神の子と共に流れてきた放浪人は、忌み嫌われる。勝手なものだ。別の世界から呼び寄せておいて二人現れると片方を蔑にすると言うのだから、私自信はこの伝承が大嫌いだった。それでもただの伝承だったから、受け入れていた。
彼人が辛い日々を過ごす間、王は神の子から離れなくなり、国は加速して衰退の道を転がり始めた。いつも一人で来ていたこのユグリスの丘に彼人を連れてくるようになったのはそれからしばらくしてからのことだ。騎士としての立場と、彼人を守りたい気持ちと、相容れない二つのことに私の身は引き裂かれそうになる。
騎士など、決して偉い身分ではない。戦うことに長けているのは軍人である。この国の騎士は王族、貴族の第二子以下の墓場みたいなものだ。軍人として戦地に赴いて死んでしまっては困る。かといって成人しているにも関わらず遊ばせておくのは体裁が悪い。だから王の身辺を警護する騎士と言う職業ができた。戦いが起こった時は王と共に軍人に守られる存在、それがこの国の騎士だ。
私の騎士としての地位は高い。つまり、騎士の中でも一番に守られなければいけないと言うことだ。それは私が王の異母弟で、王に子供がない為に第一王位継承権を持つからだ。
ユグリスの丘から国を眺めながらこの国の先行きと民の事を考える。彼人が好きだと言った輝くこの国を守りたい。悪政と言っても差し支えないような今の状態を抜け出すには道は一つ。勝てば革命、負ければ反逆。けれどことを起こす決め手に欠けていた。
彼人はある日唐突にいなくなった。現れた時と同じように。
殺されたのではないか、幽閉されたのではないか、いろいろな憶測が飛び交い、私は密かに調べたが噂とも事実ともどちらともわからないような結果しか見つけられなかった。彼人の質素な部屋から私宛の手紙が見つかり、それを読んだ私は彼人を守れなかったことに一粒涙を零した。
彼人の好きだったこの国を、ユグリスの丘から見る風景を守ろう。
立上った私に幾人かが手を貸してくれた。民が私の最大の味方となった。何よりも、彼人の手紙に在ったいつかまたユグリスの丘で逢いましょうの一言が励みになった。
異母兄と言えど兄は兄。王を殺すことのできなかった私は甘いのだろう。けれど、彼人がにこりと微笑んでくれたような気がして、私は兄を幽閉するにとどめた。神の子は神官の手を借りて元いた世界に帰ってもらった。無闇に殺すことを考えなかったのが功を奏したのか、血を流したのは王族とそれに連なる者たち、軍人たちであった。とは言っても誰一人として死ななかったのだから革命としては綺麗なものだ。
それからはただ一心に国を良くすることだけに心血を注いだ。民が豊かになるように、安心して暮らせるように、ただそれだけを願い。
それだけ時間に追われようとも、私は毎日一人でユグリスの丘に通った。彼人といつかまた会えることを信じて。やがて世界は衰退から脱し繁栄の道を歩み始めたが、彼人は現れることなく、私は今日もまたあの手紙を胸にユグリスの丘へ向かう。いつの頃からか賢王と呼ばれ、ユグリスが神聖の丘と呼ばれるようになる頃、彼人はいつかの時のように唐突に現れた。
陽炎のようにゆらゆらと揺れる姿は、まるで神がわが子を手放していいか悩んでいるように見えて、私はただ神が決断するまでの一瞬を祈るように待った。
姿がはっきりと整った時、彼人はにこりと笑った。私は彼人をただ胸に抱いた。奇しくも彼人が街が金色に輝くこの時間帯が一番好きだと言っていたその時だった。私はこの神々しくも美しい街と、この国の民全てとそして彼人に誓う。
二度と彼人を手放さない。二度と彼人を哀しませない。
彼人を必ず幸せにする、と。
2015/06/14
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