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ぼくが子供だった頃
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キーワード:極道(やくざ)×虐待経験有り少年、年の差
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ぼくが子供だった頃、隣のお兄さんはもう大人だった。
安普請のアパートに母と二人住んでいたぼくは、日々追われるように生きる母のストレス発散の玩具だった。
ぼくの隣に住むお兄さんの所も母一人、子一人だったけれど同じアパートに住んでいる住人とはとても思えなかった。お兄さんはいつも黒い服を着て朝早く出ていき、夜遅くに帰ってくる。お兄さんのお母さんは夕方に吃驚するような綺麗な着物を着て出ていき、ぼくが起きている間には帰ってこない。
お兄さんもお兄さんのお母さんもたまにドアの外で蹲るぼくと鉢合わせになって、そんな時はそっと隣の部屋に上げてくれる。濡れたタオルでぼくの顔や体を拭いて、べたべたしたものを塗ったり、冷たいものを貼ったり、白い細いタオルでくるくる巻かれたり、それが終わるとほかほかと湯気の立つ食べ物を出してくれる。
そんな日が幾日も続いて、そのうちぼくは母に連れられて少しだけマシなアパートに移った。お兄さんも、お兄さんのお母さんもいない昼下がりのことで、ぼくは二人にお別れを言うこともできなかった。
前の所よりも少しだけ小奇麗になったアパートの部屋にいたのは隣のお兄さんよりはいくらか上の男の人で、母はその人を父だと言った。
住む場所は綺麗になったけれど、生きることに疲れていた母は何も変わらなかった。それどころか、同じように日々追われて生きていた父もまるでいい玩具を見つけたと言わんばかりで、ぼくはぼく自身が生きることに疲れを感じるようになっていた。
そこには隣のお兄さんも、お兄さんのお母さんもいなかった。
そんな毎日がずっと続くのだと思っていたある日、父が職場にばれたと顔を真っ青にして帰ってきた。父が何の仕事をしていたのか、ぼくにはわからないけれど、組がどうの金がどうのって母と言い合いになっていた。
ぼくは何となく怖くなって、前のアパートを訪ねることにした。
おぼろげな記憶を頼りに、凄く迷いながら、でもそんなに離れてるわけではないからと一生懸命足を動かして、見慣れた風景を見つけた時、嬉しさと同時に言いようのないショックを受けた。
ぼくの住んでいたアパートがあったはずの場所には何もなかった。
そこだけぽっかりと穴が開いたように空が見える。地面には遮るものがないからか、存分に成長した草がまるでそこには何もなかったかのように居座っている。
随分長いことぼんやりと立ち尽くしていた気もするし、ほんの少しの時間だったような気もするけれど、ぼくは気がついたらまた家に戻ってきていた。
ぼくの居場所がなくなってしまったような喪失感を感じた。
数日して、母が父に言われた通りお金を詰めた鞄を持って家を出ていった。父は落ち合うところは分かっているなと叫んでいた。分かっていると叫び返した母の眼にはぼくが映っていなかった。
そうして父も出ていき、ぼくは一人取り残された。もう、誰もいなくなった。
父が出ていってから少しして家の中にどかどかと何人かの男の人が入ってきた。怖そうな顔をした人たちばかりで、ぼくには何が始まるのかまるで見当もつかなかった。
「若、子供だけしかいません」
「子供?」
少し前まで聞きなれた声が耳に届いた。
ぼくの前に立ったのは、隣のお兄さんだった。隣のお兄さんはやっぱり黒い服を着ていたけれど、前に見た服よりもかっこよくなっていた。
「ひより?」
お兄さんはぼくの、誰も呼ばなくなったぼくの名前を呼びいつかの時のように僕を抱き上げた。
「で、お前は何書いてる」
「うん、ぼくが子供だった頃って言う作文。 宿題だよ」
僕は遥か上にある顔を見上げながら返事をした。
あれから隣のお兄さんが当時中学生で、今は大人って言うことを知った。
お兄さんは置いて行かれた僕を連れて帰り、僕はお兄さんと暮らしている。お兄さんの家にはお兄さんのお母さんと、お兄さんのお父さんもいて、今は僕のお母さんとお父さんでもある。
「それをそのまま提出するのはまずいだろ」
「そうなの? でも、ぼくの子供だった頃だよ?」
お兄さんは呆れた顔で僕を見降ろして、
「あとで読ませろ」
と言った。書いてしまうとまずいこともあるだろと呟いていたことには気付かないふりをした。
僕の母と後でできた父がどうなったかは知らない。知らないけれど父が組のお金を横領したことは何となくわかる。そんな父についていった母は父がそこまで好きだったのかと思ったけれど、本当の所はお金に目が眩んだんだろうと思っている。生きることに疲れ切っていたから。
隣のお兄さんのお母さんはいろいろあってお兄さんのお父さんの所に戻ってきて、元の鞘に収まったのだと言っていた。なんだか僕には難しくてよくわからないけれど、僕は二人にあっさりと受け入れられて、隣のお兄さんは今僕の恋人。
2016/01/19
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