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 優しさが果てるまで
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 キーワード:王国ファンタジー(もどき) 武器商人男爵×没落公爵
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 世の中には武器商人と言う生業がある。人の負の感情をお金に換える商売であるから、負の空気に満ちた時、往々にして供給が間に合わなくなることもあるが、需要が途切れることはない。

 シモン・クルーズの家も代々武器商人であった。

今でこそ男爵などという御大層な爵位を持つが、家系を辿れば元は自分の土地を持たない農民だったことはすぐにわかる。飢饉や戦争が起こるたびに一族の人間は面白いくらいに減るものだから、子供の数も多くそれこそ遠い遠い親戚が、と言うくらいには人数が多かった。

そんなに遠くない昔に戦争に戦争、とにかく戦争と言う時代があった。国はもちろん戦争で疲弊していたし、どれだけ一族の人間が多かろうと次から次へと出征していき戦死していけばあっという間に人数は減る。当時、クルーズ家の当主だった男は考えに考え、どうせ絶えるならと、戦争を商売にしてみようと考えた。

彼は農業にはほとほと向いていなかったが、なかなかどうして商才はあったようだ。時代も時代で武器は飛ぶように売れる。ましてや買い叩かれることのない商売である。その分命の危険は幾度となくあったが、運ももちろん、小心だったお蔭で念には念を入れる徹底ぶりで事なきを得た。ようやく戦争が終結する頃には驚くくらいの財をなし、絶えてしまいそうな人数まで減ってしまっていたが一族は何とか生き延びた。もしも次にまた戦争が起こった時に一族が少しでも前線に行かなくても済むようにはどうすればいいか。

 周りを見渡せば爵位の持つ一族はのうのうと生き延びているではないか。そしたら我一族も爵位を持てばいい。単純明快なまでの理由で彼は爵位を手に入れた。爵位の中でも第五位、つまり最下位の男爵はお金を積みさえすれば簡単に手に入った。高位の爵位を持つものには品位の欠片もないと罵られ、庶民には成り上がりと馬鹿にされ、それでも彼は厭わなかった。自分の一族を守るために。

 シモンは彼の決断を潔いと思っている。

「これがうちの成り立ちです」

 シモンは長い脚をゆっくりと組み換え相手を見つめた。子爵以上の爵位を持つものにこの話をしてみせれば大概の相手は侮蔑した視線を残して去って行くものだ。そのくせ、困窮した爵位を持つ者たちはクルーズの私財は随分と魅力的に見えるようで、ひっきりなしに縁談が持ち上がる。今回の相手は公爵家の男である。何代か前の戦争を好んだ王の弟から流れを組むその公爵家も、例に漏れず困窮していた。もっとも、長い戦争時代を経て困窮していない爵家は数えられるくらいしかないのだろうが、それでも何とかやっていけるところは縁を繋ぎたいなど思わぬものだ。

 煮え切らない相手に、シモンはそこまで逼迫しているものかと思いながらも止めを刺すように付け加えた。

「ご存知の通り、うちの商売は戦争があることで成り立っています。 まあ、戦争でも紛争でも何でもいいんですが。 平時には当然平時向けの商売をしようと試みました。 が、代々そちらには商才は無いようで、戦争で財を為し、平時にその財を食い潰すわけです。 当然裏で手を引いていることもあります。 平時が続けばそれこそ困窮してしまいますからね」

 さあどうだ、と言わんばかりにもう一度相手を見るが、驚いたような顔をしながらも嫌悪は感じない。

「クルーズ男爵、確かにあなたの商売は私には理解できない事が多いようです。 ですが、私はあなたの今仰ったことはクルーズ男爵家の一面だと思っています。 私がはじめてあなたを遠目に見て心ひかれたのは、元々戦争孤児の為に作られた子供たちの家であなたの姿を見た時です。 どうしても気になっていろいろ調べたら、国としてお金を出しているはずなのに、まるで足りていない。 それどころか、いくつもの子供たちの家がクルーズ男爵家に支えられている事を知りました。 もちろん現在国からのお金の流れは調べていますが、根深い汚職、巧妙な横領、私はあなたの手を借りたいと願っています。 もちろん調べれば調べるほど、シモン・クルーズの為してきたを知り、あなたに惹かれていく自分を抑えられなかった。 だから、確かに我公爵家も困窮しているには変わりないからと理由をつけて求婚騒ぎに乗じたわけです」

 どうやら驚かされたのはこちらの方のようだ。

 シモンはしばし絶句し、自分に面と向かって好きだと言ったこの男を途端に意識した。さすがに公爵家の人間である。芯が強い。が、見た目はどことなく儚く、そんな国政を揺るがすような大きな汚職事件を暴けるとはとても思えない。確かにそんなだから、要領もよくないだろうし、困窮しているのも事実だろう。

「気に入った」

 シモンは呟いた。

 シモンは、クルーズ家を揺るぎないものに伸し上げた、一族を守ると言うたった一つの願いを目標にした自分の先祖を尊敬していた。目の前の男も同じである。国を守ると言う願いが自分とは違う、さすがに王族の血をひく者と言ったところか、シモンは彼を支えたくなった。

 そろそろうるさい求婚を黙らせるのもいいかもしれない。

 何よりもこの男と付き合うのは面白そうだ。

「我優しさが果てるまで、あなたを守り続けよう」

「優しさが果てるまで?」

「武器商人なんて血も涙もないような商売をしているから、所構わず財を為すことだけを考えるなということだ。 誰にでも武器を売るようになれば身を滅ぼす。 自分の中の優しさが果てた時、それはもう人間ではないと言う戒めだ」

「私があなたに惹かれたことはどうやら間違いではなかったようです」

 ほんのりと頬を染めた彼を見て、シモンはゆっくりと少しづつ良き関係を紡いでいこうと心に誓った。







2016/02/19
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