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 小田切忍は接吻で応える
© 湖東えま 
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 R指定:---
 キーワード:オメガバース1.5次創作
 あらすじ:高校入学から一ヶ月余り。学校唯一のΩ・忍はとある出来事から学生寮を出て、αの生徒会長・一至が一人で暮らす億ションに迎え入れられる−−−(拍手お礼用SS)
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「しかし。思えばよく親御さんが寮生活をOKしたな…」

 しみじみとした溜め息が、頭の上から降ってくる。

 夜空を背景にライトアップされた外観からして嫌な予感はしていたが、コンシェルジュのいるエントランスを抜けてエレベーターで上がったのは二〇階−−−住居フロアの最上階だった。

「……おい。あんたウチの学校の三年だったよな…」

 昇降機を降りれば、そこにはガラス張りの中庭を挟んで玄関が二つしかない。

「一人暮らしって言ってなかったか」

 げんなりした忍の問いかけは、だが一至の予測の範囲内だったらしい。

「父の持っている物件の一つだ。通学に便利な立地だし、空けておくのも勿体ないんで俺が使ってる」

「…あっそ」

 事もなげな返答に、何となく諦めにも似た気持ちになった。

 優等生を絵に描いたようなイケメンαの生徒会長様は、やはり絵に描いたような金持ちα一家のご子息だったようだ。

(まあ、予想はしてたけどな)

 誠実そうな面立ちに品のいいシルバーフレームの眼鏡、洗練された物腰。立ち居振舞いの美しさならバレエで鍛えた忍も負けはしないが、一至の場合は根本的な育ちのよさが佇まいに現れている。

 何より、丁寧なのに人を使い慣れた校内での風情は如何にもアッパークラスのαであった。

 藤堂一至は決して高圧的な男ではない。それでも入学してからのこの一ヶ月余り、ただそばにいるだけの彼から「強さ」や「力」を感じて、忍は日々きれいに手入れされた眉をぎゅっときつく寄せ続けている。

 大きな差を見せつけられているようで、正直居たたまれない。

 それなのに。

「この部屋を使ってくれ」

 はたして、だだっ広いこの一至邸の客間の一つが、今夜から忍の住まいになってしまった。



 忍が今の高校を選んだのは、市価よりも格段に安く学生寮を使えたからだ。私学なりに学費はかかるが、それでもコンクールに出ていた頃を思えばまだ年間の支出は少ない。地元の公立校に通えばより安く済んだが−−−それを選ぶには、忍の顔も名前もコミュニティには知れていた。

 翅をもがれた妖精。

 それが地元で囁かれる忍の二つ名だ。

 少し冷たい印象の、少女と見紛う可憐な容姿。小さな教室で頭角を現し、隣町のバレエスクールへ母の送り迎えで通う日々。見かけによらぬ負けず嫌いな性格が幸いしての熱心な練習が実を結んで、国内では同世代に敵なしの圧倒的な技術と表現力とを身につけたバレエ界期待の星。

 小柄なことがやや難と言えば難だが、年齢を思えばさしたる欠点ではなかった−−−中学二年の秋までは。

 コンクール金賞の副賞として海外のバレエ学校へ一年間留学する権利を得、渡航規定に従ってあらためて受けたバース検査。判定はΩ。すでに成長線も閉じたとの診断に、舞台への道は閉ざされた。

 小柄なΩ男性は、より牝性の影響を受けている証だ。バレエダンサーとして望ましい姿形を保ちながらの鍛練では、同じ体格のβ男性ほどの筋力は得られない。非力な男性パートナーにリフトしてほしい女性ダンサーなどいるわけがなかった。

 とは言えバレエを辞めたわけではない。通っていたスクールの系列校に移籍して、今はマスターコースに移行するため週三日でレッスンを受けている。

 その帰着を狙われた。

 正直、レッスン後はヘトヘトだ。自室のドアを開けた瞬間、後ろから突き飛ばされて組み敷かれた。寮にαはいないという説明に油断したかも知れない。Ω性に配慮されて一人部屋なのも災いした。照明を点ける暇もなかった暗い部屋に、クールビューティだのビッチだのと荒い息遣いに混じって嘲りの響きを孕む下卑た呟きがこぼれては消えていく。押し退けようともがくがうまくいかない。口を塞がれ思うように声も出せないまま、シャツの裾から侵入した邪な手が腹から胸へと這い上がるのを許し膚が粟立った。

(くそっ…!)

 日頃からカラーはしている。この男がαであっても番にされることだけはない−−−が。

(そういう問題じゃねえ!)

 ブチン! と何かが切れた気がした。

「…ざっけんな! 俺は男だ!!」

 ドガッ! と重い蹴りに男が吹っ飛んだ。ついで盛大な衝突音とともにドアから廊下へ転げ出る。

 まさに火事場の馬鹿力。

 何事かと部屋から飛び出た寮生らが見たのは、腹を抱えて踞る二年の男子生徒と、あられもない姿で自室を飛び出てきた般若の形相の忍だ。

 何があったかは一目瞭然。

 よもや寮内で、と唖然とする寮生らだったが、飛び出た勢いのまま脚を振り上げる忍に悲鳴が上がった。

「待て、それ以上は過剰防衛だ!」

 野次馬を掻き分けて飛び出した長身が、忍を羽交い締めにして持ち上げる。

「離せ、てめえ!!」

「このバカには然るべき処分が下るよう俺が手配する!」

 だから落ち着け! と。床に下ろされた瞬間向き合わされて、制服の長い腕に閉じ込められた。

 そこで漸く、忍は自分を止めた男が彼の世話係をさせられている生徒会長だと気がついたのだ。



 コン! と軽くドアが鳴る。風呂をもらって、わずかに痛む右の大腿に消炎クリームを塗っていた時だった。

「夕飯はどうする?」

 顔を覗かせた一至の問いに時計を見れば、時刻はすでに午後十時前だ。

「あー…さすがにこの時間に食うのはちょっと……」

 腹はすいているが、忍はバレエダンサーである。

「しかし、レッスンのあとだ。胃に何も入れないのはよくないだろう。インスタントでよければ、コーンポタージュがある」

「…意外と庶民的だな、御曹司」

「一人暮らしだからな。省ける手間は省く」

 手を洗ってからこい。ドアの向こうに引っ込んだ目は、柔らかく微笑っていたが。

「食うとは言ってねぇぞ…?」

 さりげなく有無を言わせない展開に持ち込む辺りが、やはり何気に俺様気質のαといったところか。…こんなところにも、「力」を持つ者の余裕を感じる。

「…なあ、あんたが強いからなのか? 俺の世話係させられてんの」

 そう。入学以来、一至が何かと校内で忍を気にかけてくれるのは、彼が学校側からΩである忍のあれこれを任されているからだ。

「俺は特に自分を強いと思ったことはないが…」

 キッチンのテーブルに向かい合い、スープのカップを忍の前に置きながら、一至はやや思案げに宙を見た。

「まあ、当たらずとも遠からずだろう。ウチの学校にαは数人いるが、Ωはお前だけだ。俺でなければその内の誰かがサポート役になったと思う」

「それは…俺が弱いからか」
 どう転んでもαの庇護下に置かれるということは、つまりそういうことだろう。

「違う」

 ぎゅっときれいな眉を寄せた忍に、だが一至は飲んでいたスープのカップを置いて静かに言った。

「お前が弱いわけでも、Ωが弱いわけでもない」

「αのあんたに解るのかよっ…」

「αだからだ。むしろ大半のβにこそ理解しにくいだろう」

 吐き捨てるような苦い言いざまにも、αの少年は眉一つ動かさない。

「俺がαだということは、俺の母はΩだということだ」

「っ……」

 「優秀種」と呼ばれるαはその実劣性遺伝の上生殖能力が低く、Ωのパートナーなしには生まれ得ないのが実情だ。

「Ωは稀少すぎて大半のβには接する機会がない。が、αのほとんどがΩを家族に持ち、その接し方に慣れている。それが強味と言えば強味だな」

 長い腕が伸びて、大きな手が忍の頭にそっと置かれた。

「Ωは弱くない。ただ、その本能的な体質と社会のシステムとには齟齬がある。法でΩを保護するのは、その齟齬を放置した結果にΩを社会的弱者に貶めた過去への自浄作用だ。…まあ、簡単に言えば向き不向きの問題か」

「ぶっ…何だそれ、大雑把すぎんだろっ……」

 一至の言いように思わず吹き出して、しかし忍の頬にはほろりと雫が伝って落ちた。

「…じゃあ…俺は……?」

 重力に抗いかねたように突っ伏した頭を、大きな手はなおもそっと撫でている。

「お前がバレエダンサーとして将来を有望視されていたことは聞いている。舞台の世界を断たれたことも。だが、お前は今も躍り続けているだろう。腐らず前を向くお前を、どうして弱いと思える?」

「でも…俺、逃げたっ……」

「安っぽい同情に見下されて何も思わない無神経な奴は、そもそも表現者たり得ないだろう」

「さっ…き、のもっ…いま思う、と…こえ、ぇっ……」

 腹から胸へと這い回る手の感触が甦り、ぎゅうっと体が縮こまる。その竦みきった忍の肩に、一至のもう一方の手が乗った。

「当たり前だ、力ずくで尊厳を脅かされて怖くない奴がいるか」

 はっきりとした、だがどこまでも穏やかな声と、二つの大きな手の温もりとがゆるゆると怯えた心を宥めてくれる。

「腕力の有無ならなおさら論外だ。向き不向きの問題だと言ったろう。下衆の狼藉を強さと讃える奴などいない。…お前は弱くない。だから、必要以上に強がるな」

「ん…」

 短く返事をして、ほうっと深く息を吐く。袖口で顔を拭いながら忍がのろのろと頭をもたげると、大きな手は自然と離れてしまった。その手が、テーブルの上に落ち着く前に捕まえる。

「小田切…?」

「…そっち行っていいか」

 一至の隣の空いた椅子に目を遣れば、彼は淡く微笑って立ち上がった。

「眠くなるまで付き合ってやる」

 と、捕らわれたまま忍をリビングのソファに導き、一至は雛鳥を抱くように彼を腕の中へと匿う。

「実家では、よく父がこうして母に寄り添うことがある。正直、気恥ずかしくてな。居たたまれなくて家を出たんだが…何となく、父の心持ちが解った気がする」

「どんなだ…?」

「Ωを前にすると、αは共にあろうとする…そんな感じか。番なら、なおさらだろう」

「…なんかイメージ違うな。俺はαとはコンクールでしか会ったことねぇし。みんなピリピリしてて、Ωの顕現前でもぶっちゃけ怖かった」

「緊張から威圧フェロモンが発散されてたんだろうな。それでもお前は国内で敵なしだったと聞いたぞ。どんな強心臓だ」

 耳を押しつけた胸から、鼓動と小さな笑いが伝わってくる。訪れたひどく穏やかな気持ちに、忍は自分よりも逞しい胴へ腕を回した。

「…俺、あんたみたいになりたかったんだ」

 一至からはそこにいるだけで「強さ」と「力」を感じる、が。

「でも…俺も強いんなら、それでいい」

「そうか」

 笑みを感じる相槌を見上げ−−−気づけば、忍は彼のその唇をやんわりと食んでいた。

「……初キスだったんだが」

「俺も初めてだ。けど、イヤじゃなかったろ」

「お前こそ…男相手に嫌じゃないのか」

「あんたならいい」

「…おい、小田切……」

「忍って呼べよ。そしたら、俺を丸ごと全部やる」

 眼鏡を取り上げ、もう黙れとばかりに優しく噛みつくと、まるで壊れ物を扱うように大きな手が項に添えられる。ゆるゆるとカラーを撫でられるもどかしさに忍が深く訪えば、一至も待ちかねていたように素直にいらえを差し出した。



 確かに全部やるとは言った、が。

「…一至、てめっ…限度ってモンがあんだろうがっ……!」

「赦せ、あまりに可愛くてな」

 よもや抱き潰されるとは。ベッドでぐったりと横たわる忍に、身支度を整えた生徒会長様は、だが涼しい顔で甘く囁いた。

「夕方にはご両親が学校にお見えになる。こちらにもお連れするから、それまではゆっくり休め」

「…わりぃ、手間かけるな」

 労しげに頬を撫でられ、優しくキスを落とされては謀叛気も失せる。今日の一至は、一件や中断された寮自治会との会議など諸々の手配に追われるはずだ。

「手間なんかじゃない。それより」

 大きな手が、そっとカラーを撫でた。

「忍…美しい俺のΩ。いずれ俺と番ってくれるか」

「俺は…」

 すぐでもいい、と言いかけて黙る。番とは、まさに生涯の絆だ。

「どんな番になりてぇか、話し合わねぇとな」

 忍はわずかに身を起こすと、真心を差し出してくれたαに接吻けで応えた。



END








2017/11/30
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