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 雪の約束
© 天川織彦 
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吐く息は白い。

俺は息を弾ませながら、町の外れにある丘を一人登る。大きな杉の前で足を止めた。

「………いるわけ、ないか」

十年前の今日。アイツは言った。

『十年目の雪が来たとき、帰ってくる。その時、この木の前で会おう』

なんの効力もない約束。紙に書いたわけでもない。言葉を録音したわけでもない。ただ、俺の心にだけ刻みこまれた、約束。

十年。きっとアイツは約束を忘れているだろう。きっと来ない。
あんな約束、俺も忘れようと思った。何度もそう思った。俺の想いも一緒に閉じ込めて、綺麗に忘れようと思った。10年は長い。人を待つには、約束を覚えているには、―――想い続けるには、長すぎる。
けど。
十年たってしまった。

俺にはどうやら、十年というのは短いらしい。
人を待つにも、約束を忘れるにも、――――アイツへの想いを消すにも、十年は、短い。

現に、俺は丘の上に立っていて。
そして案の定アイツは、来ない。

一方的な約束は守られない。守られるわけがない。
アイツが一方的にして、俺が一方的に覚えている。

そんなことわかっているのに、俺は心のどこかで希望を探す。

今年はまだ雪が降っていない。暖冬だとかで、未だ白い粉は天から舞ってはきていない

だから今日はまだ約束の時ではないのだ。

バカみたいな理屈だと、自分でも思う。
けれど、アイツとの約束を簡単に“嘘”にすることは出来ない。
それをするにはあの日の記憶は鮮明で熱かった。

来年も、再来年も、その次の年も雪が降らなければいい。
そうすれば、約束の日は永遠に訪れず、約束が破られる事もない。


俺はこの想いをいつか忘れて。それでも毎年ここへ来るだろう。体に染み込む雪と同じく、少しだけ俺の一部を冷やす記憶に誘われて。







2007/03/01
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